【書評】結城昌治『軍旗はためく下に』:聖戦の大義と組織の腐敗


深作欣二により同名で映画化されたことでも知られる、昭和45年の直木賞受賞作である。

あとがきによれば、著者は東京地検に勤めていて、昭和27年「講和恩赦」における恩赦事務に従事する際、大量の軍法会議の記録を読み、日本陸軍の組織内での様々な事例を目にしたことが、本書を書く契機となったとのことである。

組織においては、当然規律があると同時に、腐敗もある。負け戦に陥った日本軍では尚更であろう。とはいえ、ここにフィクションとして描かれた事例は、やはり現代の我々の心情でも共感できる日本人の組織的な問題点を鋭く可視化していると思える。

この小説は5つの短編から構成されており、それぞれが日本軍の組織としての規律の狂いとして戦場において現れた事件を描いている。

それぞれの小説の冒頭には、戦陣訓や陸軍刑法などが引用されており、極限状況における法や人間についての理念について、想起させるような仕掛けがある。

「敵前逃亡・奔敵」

 一人の伍長が逃亡し、負傷した結果、敵の部隊と一緒に行動する。敵前逃亡は死刑に値する。この伍長は、ある理由から、日本軍へ自首し処刑を待たず自裁する。

「従軍免脱」

 高級将校が物資を独占し、腐敗していた。これを告発するために、ある上等兵が薬指を自ら切断し血書により告発するが、この自らを傷つけた行為が”従軍免脱”=故意に自分で負傷することで戦場から離脱する行為に当たるとして、逆に裁かれてしまう。

「司令官逃走」

 玉砕できなかった中隊司令官が責められ、部隊ごと再度最も厳しい戦場へ送られ、全滅する。前線では逃亡した兵隊や負傷して捨てられた兵隊が蠢くが、もはやセクショナリズムの中で統制は消滅していた。水木しげるの名著「総員玉砕せよ!」を想起させる。

「敵前党与逃亡」

 戦死でなく、不名誉な罪で軍人恩給を受けられない遺族関係者が、その真相を探って関係者を訪ね歩く。裁判の記録は無い。一体何が当時起こったのか。関係者の証言を総合して行くが、意見が統一されない。お互いが相手を非難し合うばかりで、真相には全く近づけない。事件は、上官殺し、極限の飢餓の中での人肉食、などのグロテスクな出来事を交えながらも、芥川龍之介「藪の中」のような構造になってしまう。

「上官殺害」

 小島の防衛隊で補給が断たれ自活を余儀なくされる中で、暴君のように振る舞う上官を殺害し闇に葬る。終戦後の捕虜収容所でも、収容者の統制をとるために旧軍の規律を必要とした。そこで過去の上官殺しを暴かれ、実行者は日本に帰還することなく、処刑される。

戦争は極限状況であり、人権など初めから無いという極端な主張もあるかもしれない。

その一方で、この小説内でも描かれているように、「聖戦の理想(大義)」と「組織の腐敗」のギャップは、やはり大きな未解決課題として残っていると思う。理想によって腐敗は薄めることはできないことを、本書では示している。

昨今では、戦略・戦術論、地政学的な形式論、そしてルサンチマンに基づくセンチメンタリズムなどの文脈で語られることが多くなった結果、「戦争」という現象がドライ化しつつあると思える。こうした進行に対して、本書は非常にウェットな”組織の現実”を突きつけていると言えよう。

Share