2019年新入社員に贈る:世の中には「時間が解決することもある」ので、のんびりやってほしい。ということを数理モデルで説明してみる


 今年も新入社員が入ってくるシーズンになって、通勤電車で慣れない立ち振る舞いなど、色々と社会の荒波に揉まれている様子が見られるようになってきた。

 実際の業務に就くのはまだ先であろうが、今後慣れてくるに従って、色々な現状へのイライラ感が出てくるであろう。

 ある程度仕事がわかってきて、一人前に近付いてくると「どうしてこの組織は、こんなに意思決定が遅いのだろう」とか「どうして自分が感じている危機感を上司は理解してくれないのだろう」と言ったイライラが出てくると思う。私もそうだった。

 そのイライラが昂じると「危機感と変革力がない上司は老害」「この組織にはスピード感がない」「大企業病」と言った不満になってくる。

 ドラマであるような、熱血・情熱的な現実的なスタンスで問題意識に過敏に反応し変革を求める若い層に、保守的・既得権益維持を使命とする体制層が冷や水を浴びせ、若い層にはフラストレーションを溜める対立構造は、大なり小なりどこにでもある光景として見ることができるのだ。

 そして、その若者の不満は一面として真実であろう。確かに組織というものは集団の内部統制という側面もあり、ルールとチェックでがんじがらめで意思決定が遅くなりがちなのは事実である。

 そして今こうして「一面として」と書くと、「はいはい、またそうはいっても現実はそうじゃない、とか、もの分かりの良さそうな態度で足して二で割るみたいなガス抜き折衷軍団がやってきた、老害乙」みたいな感想が返ってきそうだ。

 ここでは、その功罪というより、既存の組織で行われる意思形成を成す既得権益を持つ主流層いわゆるビジネス的な意味での”エスタブリッシュメント”には、本質的に「鈍感力」というべき応答時定数の遅いシステムが組み込まれている、ということを説明してみたい。

 ここで言う”エスタブリッシュメント”をもう少し具体的に定義すると、組織の予算と人事評価権、人事権を握っている層ということに尽きる。組織は予算と人事、この2つを抑えることで基本的には統制を取っている。

 組織全体は、応答時定数が早い(遅れが少ない)システム(=若い層)と応答時定数が遅い(遅れが大きい)システム(=エスタブリッシュメント)が直列結合で組み合わさっているような、すなわち図1で示す2質点系のバネ-マス(+ダッシュポット)モデルで表現できる。

図1 若者(添字2)とエスタブリッシュメント(添字1)が結合した組織の数理モデル

 例えばこの系は、図2のような運動方程式で表される。外力項が入っているが、ここではゼロとして考える。変数の添え字では、エスタブリッシュメントは添字1、若い層は添字2とした。

図2 計算モデルの各質点の変位xに関する運動方程式

 そのようなモデルの若い層(添字2)の動き(変位)とエスタブリッシュメント層(添字1)の動き(変位)についての運動方程式(図2)を以下の計算条件で数値計算したものが図3である。

 この計算パラメータの条件設定では、若い層がより過敏に反応し、エスタブリッシュメントが鈍感に動く応答性の差異を、バネ定数と質量から決まる固有周波数に3倍の比率を与えて表現する。つまり、若い層はエスタブリッシュメントより”3倍の周期で速く動きやすい”。

 続いてエスタブリッシュメントの応答性の悪さを表現するために、運動に対する抵抗特性である減衰係数の比率を1000とする。つまり、若者はほとんど自己の運動を減衰させない一方で、エスタブリッシュメントには大きな減衰特性を与える。

 初期条件として、若い層にのみ初期速度を与え、それ以外はゼロとする。つまりエスタブリッシュメント層は初期のエネルギーはゼロで、受動的に動くとする。

図3 運動方程式の解とエネルギーの挙動(上図)と各質点の相図

 若い層に当初与えた運動エネルギーは急速に減衰してしまう。一方でより応答性の悪いエスタブリッシュメントは、ほとんど反応せず、自らの減衰特性によって若者の運動を巻き込んで、元の位置に収束してしまう。つまり、若者のエネルギーがより大きな組織のエネルギーに変換されようとしているが、慣性と減衰が大きく、組織全体を動かすに至らず急速に減衰してしまうのである。

 先に述べた対立構造の現実では、このような状態がまさに起こっているのであろう。ちなみに若者がより感度を上げて活動しても、全体としては同じで、こんな若者の”独り相撲”のような解になる(図4)。

図4 若者の固有振動数を7倍した解

 若者の情熱、応答時定数が高い部分の運動が、システム全体の運動に寄与せずダッシュポット要素における熱的散逸、つまり文字通り「摩擦」として全体の運動に寄与しないで無駄に消えてしまうところも現実と同じだ。

 では、なぜこのような構造が発生するのか。特に、なぜエスタブリッシュメントは応答性が悪いのか。

 これは単純に「生理的なもの」と「経験的なもの」と考えられる。

 「生理的なもの」とは、単純に加齢、もっと言えば老化であろう。年齢を重ねるごとに外部の刺激に対して反応が鈍くなる。単純に思考のスピードも遅くなる。また若い場合にはセンサーも過敏で、取得する情報も多いので、この対比はより大きくなる。

 「経験的なもの」とは、いわゆるインサイドワーク、あるいは、経験知というようなものである。物事には実は「時間が解決する」ようなケースは多い。特に複雑な組織において課題を処理するような場合には、先ほどのモデルを更に多変数にしたようになり、1つの要素だけ早く動いても全体には影響を及ぼさない。同期しないと無駄が多いのである。そうすると実は「まずは待ってみる」というのも結構無視できない有効な策であることがわかってくるのである。

 「だからどうしたの?」という声が聞こえてきそうだが、まずは長い旅なのでのんびりと取り組んで欲しいのである。

 補足:この運動方程式は、よく知られたカオス的な挙動を示す「二重振り子」のモデルとも類似しており、単純な系でありながら、現実と同様に複雑な運動の様相(図5)を持っているのである 。

図5 減衰無しのバネのみで結合した場合の運動方程式の解の一例。意外に複雑な運動の様相を示す。
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