【書評】スティーヴ・ハミルトン「解錠師」–金庫と”対話”する、言葉を失った少年のモノローグ


 スティーヴ・ハミルトン「解錠師」(ハヤカワ文庫)を読んだ。テレワークで孤独に苛まれている精神状態ともマッチして、しみじみと良い小説であった。

 とはいえ、小説としては犯罪小説である。主人公の才能は天才的な「金庫破り」であり、したがってその”活躍”は犯罪そのものである。

 意に沿わないものの犯罪の道、金庫破りの道を歩むことになった理由が、本人のモノローグとして描かれる。

 モノローグでは、主人公マイケルの語りは饒舌であるが、実際にはある事件により言葉を失っている。つまり、彼の心的な”語り”が小説を進行させている。そして、それは読者に向かってのみ、語りかけている形式を取っている。

 ここで描かれる「金庫」とは、実体として貴重品を守護・秘匿するためのものであると同時に、マイケルの心的経験のメタファーでもある。言葉を失う契機となった”閉じ込め”体験から一貫して在るのは、命と引き換えにされても言葉をどうしても発することのできないマイケルの「心」そのものであり、その「解錠」が最終的な本書のテーマになっている。

 師匠”ゴースト”と呼ばれる老人から金庫破りの技術を学ぶ中で、マイケルと実際の金庫に対する”解錠”=”対話”の描写などは、閉じられた心との対話と読むことも可能であろう。

 もう一つのコミュニケーション手段である「絵」(マンガのようなコマ)による、主人公とヒロインの”対話”も、最後まで効果的に使われる。敢えて小説という形式に「絵」を使った描写を試みることで、映像的な効果も生まれており、主人公の成長と救済のストーリーとして爽やかな読後感を与えてくれた。

 

Share