【書評】山田正紀「恍惚病棟」信じていた世界が、ある瞬間にグラリと転回する、本格ミステリ


 山田正紀「恍惚病棟」(ハルキ文庫)を読んだ。

 山田正紀は、デビュー作「神狩り」以降、極めて高度な娯楽性を持った作品を描き続けている。本作も認知症患者(老人)のいる病院を舞台に、本格ミステリのもつ大トリックが仕込まれた傑作である。

 ネタバレになりそうなので詳細は書けないが、読者への仕掛けがあり、それが明らかにされたとき、日常と思っていた世界が”ぐにゃり”と曲がり、全く異なる様相に転換されてしまうような心的体験をすることができる。

 題材として選ばれた、いわゆる「認知症」を患った老人たちの様々な症状の記述、すなわち、時間と空間が徐々に混線しその輪郭がぼやけてくるような経験、個人のパーソナリティの同一性が時空的に崩れていくような感覚が、小説の題材として横溢し、最後のクライマックスに向けた効果を生み出している。

 本格ミステリとして傑作であろう。その一方で山田正紀はその作品群のクオリティと比して世間の評価が低いというのが、私は不満なのである。

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