【書評】川田利明「開業から3年以内に8割が潰れるラーメン屋を失敗を重ねながら10年も続けてきたプロレスラーが伝える「してはいけない」逆説ビジネス学」–不器用をブランディングした器用なレスラーの、やはり不器用な生き方に痺れる

 先日読んだ吉田豪のインタビュー集「超人間コク宝」(コアマガジン)で、プロレスラー川田利明との対談を読んだ。

 プロレスラーをセミリタイヤした後、現在成城学園前駅でラーメン屋のような居酒屋のような少々迷走した店を経営していることはネット界隈では知られており、少々偏屈な経営をしていると言われていたのである。

 しかし、このインタビューを読んで少々認識が変わったのである。ものすごく常識人でもあり、プロレスラーには似合わず社会性もあるのであった。

 そこで興味を持って対談の中でも言及されていた著書、川田利明「開業から3年以内に8割が潰れるラーメン屋を失敗を重ねながら10年も続けてきたプロレスラーが伝える「してはいけない」逆説ビジネス学」(ワニブックス)を購入、読んでみた。

 この本は間違いなく面白く良書である。フリーランスとサラリーマンの対比としても読める。個人事業主のビジネス本としても面白いし、個人営業のラーメン開業の苦労話としても面白い。 

 この本でも言及されているように川田のプロレスラーとしての印象は「不器用」、「無骨」であるが、本人の発言として、それは自分のプロレスラーとしてのブランディングであって実際には「器用」であることが語られる。確かに実際にこうした体験や料理へのこだわりなど、非常に繊細で細かい。

 実際には社交性もあり、かつ、社会性もあるのであろう。私のこれまでの認識も訂正が必要なことがわかり、この本によって川田のイメージは確かに大きく変化したのであった。これは成功であろう。

 また、ネットで言われていたシステムの複雑さ、お客へ要求する張り紙の多さなどは、川田に起因するのではなく、むしろプロレス ファンの無神経さ、もっと言えば幼稚さ、社会性の無さの方に起因することも十分よくわかったのである。

 この認識を理解した上で、読了した後に改めて思うことは、皮肉にも”やはり不器用だ”ということであった。

 プロレスラーがラーメン屋を経営する際に、そのブランドを利用するとしたら、やはりこうした飲食店にとって客単価が低く回転率も悪い”質の悪い客”が押し寄せてくることは、通常の飲食店経営者は理解しているはずである。そうしたことがないように、ある種の「敷居」を設定するのであろう。最初からそうした客は足切りするのである。

 だが川田自身はそうしない。その解決策として過剰なまでの張り紙になるのである。

 プロレスファンにとっては理解できないことであろう。チケットを購入し、CM付きのTV番組を見ていれば応援になったのだ。その意識はラーメン屋になった川田に対してもおそらく全く変化しないのであろう。これはプロレスファンが持つ幼児性であり、この幼児性を理解した上で「切り捨てる」選択をしない、あるいはできない経営者は「不器用」であろう。

 またそんな低レベルの客を前提とした場合、もうひとつの方法として、料理のこだわりなどを示す必要もなく、名義貸しや料理の質を落とすことも考えられる。しかし、それも川田はせず、ひたすら自分の時間を犠牲にしてラーメンや料理にこだわりを示すのである。

 洗浄などや効率のよい缶ビールや瓶ビールの提供に切り替えることなく、生ビールにこだわるのである。

 まさに「不器用」そのもの。

 本書で、川田に対するこれまでの見方は良い方向に変わったのは間違いない。確かに料理人としても、実際のレスラーとしても「器用」なのである。

 しかし、ブランディングとしての「不器用」と語る川田の生き方そのものは、この本を読むとやはり「不器用」なのだ、と思う。その不器用さには、ブランディングとは異なる説得力がものすごくあり、敬意を評したくなる。

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