【書評】筒井康隆「川のほとり」(新潮2021年2月号)–生き残ってしまった老父・筒井の哀しみが伝わる感動作


 一部で話題となった筒井康隆の小説「川のほとり」(新潮2021年2月号掲載)を読んだ。

 筒井の「腹立半分日記」などでも頻繁に登場していた一人息子である「伸輔」–筒井伸輔が食道癌で51歳の若さで亡くなったことを、この小説で初めて知ったのであった。

 親にとって子供に先立たれることほどの悲劇はないであろう。

 この短い小説では、86歳の筒井が夢で死んだ息子と再会し、会話する。

 筒井自身はこの息子が自分の無意識(願望)が作り出した幻影であり、自分そのものに由来するものであることを理解している。

 自分が作り出したイメージであるならば、この会話は自問自答(モノローグ)にすぎず、全ては予測可能なはずであることも語り手の筒井は理解しているのである。

 しかし、この夢に現れた息子「伸輔」の応答はそうしたモノローグな要素ではなく、あくまで他者との対話であるダイアローグになっているようにも感じ取れてくる。

 さらに、それすら筒井は疑う。

 所詮この体験は、自分が作り出して自分で納得しようとしている行為なのだと。

 こうした諦念と希望の狭間の中で揺れうごきながら、それでもなお筒井は川のほとりで息子との物語を作ることで、自己の体験を静謐かつ荘厳な表現手段によって自ら決着をつけようとしている。

 このことは、同時に、筒井の文学的なメインテーマの一つである「無意識」の暗黙的共同性すらも我々に想起させる。

 こうして振り返って考えてみると「腹立半分日記」に登場していた筒井の作家仲間も、かなりの数が、もうこの世にいない。時代は遠くなっていく。

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