【書評】卯月妙子「鬱くしき人々のうた 実録・閉鎖病棟」–単純かつ当たり前と思っている”自分を維持すること”の尊さを実感する


 待望の新作である、卯月妙子「鬱くしき人々のうた 実録・閉鎖病棟」(太田出版)を読んだ。「人間仮免中」「人間仮免中 つづき」の時代から、更に遡って20歳代の頃のエピソードが満載である。

 この作品(のみならず作者の創作力)のすごいところは、様々な精神を病んだ人々(作者自身を含めて)を語っているにもかかわらず、その視座に客観性があるところである。自殺願望や幻聴など、”病んだ人”への描写は、自他問わず極めて客観的に描かれる。誤解を恐れずに言えば、常識的な多数の人間と同じ視座なのである。その結果、ここで描かれる”病んだ人々”は生き生きと、むしろ”少し違った人”として描かれている。

 その一方で、この”病気”の恐ろしさも正確かつ実感的に描かれる。

 人間が、自らの「人格」を維持することの難しさとそれが崩壊するという恐怖。

 単純かつ当たり前と思っている”自分の人格を維持すること”とは、これほどまでに困難かつ大切なものだったのか、ということを改めて実感させてくれる。尊さ、といってもよい。

 稀有な人生を背負ってきた著者の人生そのものを、こうした表現作品として久しぶりに見ることができたことは非常に貴重な読書経験であった。

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