【書評】谷川ニコ「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」14巻:リア充路線が加速して、もこっちの周囲に群がる人の顔を最早覚えることができない

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 2019年1月発売の、谷川ニコ「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」14巻を購入。

 このところ加速している「もこっち(黒木さん)のリア充路線」はますます加速しており、どこが”ぼっち”なのかサッパリわからない状況になってきた。登場人物も増加の一途を辿っており、正直オッさんの脳みそと画像認識能力では誰が誰なのか区別できなくなっている。

p.47 ハーレム状態の黒木さん。自分でも「リア充」とモノローグ。

 自ら「リア充」と認める状態で、更には”サイコ”きーちゃんまで、この交友関係の充実さにジェラシーを抱くシーンまである。

 ツンデレや性格満点のキャラに囲まれ、求心力を発揮するもこっち。

 高校だけでなく、大学までこの路線で描きそうな長編化の伏線まで見えてきた。

 しかし、これまで”ぼっち”部分に共感してきた読者としては、安心するとともに不安もある。それはこの求心力ってどこから来ているのか、何から生まれているのか、全くわからないことである。

 単なるオタクで中身オッさんのような、もこっちに如何なる求心力があるというのか。

 要するに、これって単なるバブルでは無いのか?という疑念があるのである。

 本当の”ぼっち”であれば、上記のように皆から歓迎され興味を持たれるのはむしろ”きつい”。

 オタクが過大評価で一時的にチヤホヤされ、”上げられた後、落とされる”という光景は現実で見慣れている。今回のもこっちのリア充状況がそうでないという保証はどこにもないのだ。

 この砂上の楼閣かもしれないリア充状況が何時崩壊するのか、というハラハラした心配もある。しかし、これは物語の展開可能性としては、ほぼ無いであろう。悪役キャラのキバ子を、そのように描いて一線を引いている時点で、この光景は、もこっちの夢では無いのである。

 結果として、もこっちに対して訴求的なスタンスを取るキャラは、既に一様になってしまい区別できない。異常者うっちーとそれ以外の有象無象という構図になってしまっている(これは私がオッさんであり、キャラの描き分けが識別できなくなっていることも原因なのはいうまでも無いが)。

 安定の変態である「小宮山さん」、安定の悪役「キバ子」、安定のストーカー「うっちー」、これらの異常者軍団の突出感、存在感が救いなのである。

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