毎年夏季長期休業するラーメン屋のシャッター張り紙大喜利。今年の回答は……

 昨年も紹介(最近の夏の風物詩:昨年は暑さに負けたラーメン屋の今年)したが、毎年夏になると長期休暇を取るラーメン屋がある。

 2018年は”猛暑で暑さに負けたため”、昨年2019年は”熱中症対策”などの理由がシャッターに張り紙で書かれていた。そしてほぼ8月いっぱいは確実に店をしめていたのである。

2018年の理由
2019年の理由

 夏季休業をお題とした大喜利のような感じで、年1、このシーズン限定で注目しているのだが、今年の回答は、こうだった。

今年(2020年)の休業理由

 ご時世なので、まあ順当な?回答理由であるが、今度はいつ再開になるのかが明確ではないのが少々気になる。

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Googleで「レームダック」を検索すると、ナレッジグラフに稲田元防衛大臣のアヒル口の画像が出るのは悪意を感じるw

 先日「レームダック(lame duck)」=「足が不自由なアヒル」=”死に体”を指すスラングを検索していた。もちろん(?)他人への悪口で使うために、綴りを確認する目的であるが。

 任期間際で再任の見込みがなくなった政治家を指すことが多いが、会社などでも外部の管理下に置かれてしまった経営者などを指すことが多い。

 それはそれとして、Google検索時に違和感を感じたのである。

 スクリーンショットを保存してみた。

  

 ・・・何か右端のGoogle先生がまとめてくれた「ナレッジグラフ」に違和感がある。人間の映像があるのだ。なお、上記はプライベートブラウズである。

 拡大してみる。

 アヒル口の稲田元防衛大臣の画像が。これは流石に悪意を感じる(笑)。なんでこんなことになったのか。

 どうやら画像検索「lame duck」でトップに、この画像を含むブログが来る模様だが・・・。

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地元にある老舗の和菓子屋が、値崩れしつつある1枚70円のマスクのディストリビューターになった日、コンビニでマスクを見かけてしまう

 長く流通が滞っていたマスク。

 自粛期間中、やることがなく、コンビニやドラッグストアに1日1回は買い物に行くが、ついぞ見かけたことは無かった。

 元々花粉症のため少し備蓄用として多めに保有していたこともあると同時に、途中からは家にあったガーゼ肌着を再利用する自作立体布マスクが意外と繰り返し使えることがわかったため、実質新たに購入する必要性は薄れていた。

 そうしたこともあって、マスクが流通しないことによる精神的焦りもなくなった。ただ、当然のことながら本日(5/12)現在アベノマスクは到着していない。

 やはり、繰り返し使える布マスクの安心感は良く、精神的な問題がなくなった。もともと咳(くしゃみ)エチケットのためなので、口の周りを覆えれば良いと認識していれば、多少の見てくれなんぞ気にならないのである。

 そんなこんなの状況で、だんだんとマスクの値崩れ、露天売りのニュースも聞こえてきた。

 そりゃそうだ、本来マスクがその機能として必要となる医療現場やクリーンルームなどにおいては、このような流通的に微妙な品質的保証がないマスクはそもそも購入されないし、一般大衆であっても、私のように布マスクで一度精神的に事足りたら、もともと高価でなかった所詮”使い捨てマスク”をわざわざ有難がって目の色変えて購入する意識は生まれないであろう。

 そんな中、少々切なくなったのは、地元にある老舗和菓子屋の店先に「マスクあります 50枚 3,500円」という張り紙を見たことである。まあ、好意なのか、和菓子の売上をカバーする(マスクだけに)ためなのかはわからない。色々事情はあるのであろう。

 しかし、1枚70円のマスク。

 既に値崩れを起こしつつある状況で、捌ききれない在庫の押し付けあいが始まっているのであろう。そして、個人商店の和菓子屋にまでマスクを卸して売ってしまう、新型コロナが憎らしい。

 遠い昔、「機動戦士ガンダム」のプラモデルが爆発的に流行した際に、普段プラモなんか売らない文房具屋などが、人気のない訳のわからない聞いたこともない銘柄のプラモと抱き合わせで高価販売して、それを買わされていた記憶がよみがえる。ちなみにその後、売った側はそうした記憶を忘れ、”うちはそんなことはしなかった”みたいな言い訳をされて、こちらは子供心にも”嘘つけ、この偽善者”という大人を信じられなくなったほろ苦い経験もセットによみがえってきた。

 この時と同じような、ババ抜きで負けた人を見るような、切なさを感じる。

 そんな思いを持ってコンビニに行くと、初めてマスク(だけでなくアルコールティッシュ)が棚に陳列されて売っているのを発見した。

近所のコンビニで見かけた、小出しにされたマスクとアルコールティッシュ。

 こうして、次第に我々の「日常」に戻っていくのであろう。

 コンビニに並ぶマスクも、今さらがっつく必要もないと思え、別に買わなかった。

 自作の布マスクがあるからである。

 そして、私の花粉症シーズンも、いつの間にか終わっていたからである。

2020.06.06 追記 通りかかると「50枚3,000円」になっていた。悲しみが高まる。

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ぼくの在宅勤務(テレワーク)あるある

 今回の「新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言による」テレワークを始めて、試行錯誤的に数日が経過した。相変わらず慣れないし、ストレスも溜まっている。だが、やはりやってみるもので、少しずつ改善はしてきているようでもある。

 そんな中でいくつか”在宅勤務(テレワーク)あるある”をリストアップしてみたい。

”新型コロナ感染拡大に伴う緊急事態宣言による”という枕詞の定型文を書きすぎて、自動的に書けるようになってしまう:今回の一連の騒動のあるある。辞書登録する間も無く、指が覚えてしまった。この手の定型文は微妙に文書で違っていると気分が悪いので、一度決めてしまうのがキモチ良い。

他人の反応に飢えてしまいがち:やはり他人との接触がないことが堪える。会社だと自分の業務に関係ない人の話し声や、雑談などが結構な気分転換にもなっていた。在宅勤務の場合には、メールを送信した後の反応を待っている時間が結構なストレスになることに気づいた。仕事の主導権が自分ではない場合、反応待ちに困るし、逆に反応に即レスする態勢にもあり、少々ガツガツ感が出て、自分でもちょっと気持ちが悪い。

PCの前の席にいること=勤務時間と定義してしまいがちで運動ゼロ:全く運動しない。仕事の切り分けが難しいので、まずはPCの前の席にいること=勤務時間と定義してしまいがちである。そうなるとトイレやコーヒーなどの気分転換すらもやりにくく、ストレスになるのである。その結果、運動不足によるストレスも溜まる。私はこれを解消するために、始業前に30分ほど散歩をすることにした。これでスイッチを切り替えるようにすると中々いい感じである。

トイレが汚くなったと怒られる:これは男性のみであろうか。自宅のトイレを使う頻度が多くなり、自然とトイレマナーの悪さが顕在化するのである。その結果、トイレが汚くなったという苦情に繋がり、掃除する役割が増える。

食生活乱れがち:昼食はカップラーメンのみ。ストレスや空き時間の多さに摂る間食で、お菓子などを食べてしまい、食生活が乱れがちである。また先ほどの”拘禁反応的ストレス”もあって、業務終了後には解放されたという思いから散歩もかねて外に出てしまい、お酒を買い、居酒屋のテイクアウトを買い、といった散財の行動に出てしまい、結果、酒量も増え、お金も使ってしまっている。一応少し気を使って、私は、マルチビタミンのサプリ剤で補っている。また、小腹が空く時のおやつとしてはビーフジャーキーが低カロリーで良い。

飲み物を入れるタイミングが図れない:台所に行くと、プライベート空間をビジネス空間にしてしまうようになるし、先ほどのPCの前にいないと勤務時間ではない、というような脅迫観念もあるので、飲み物について少し戸惑っている。今回は、お茶も入れるのも面倒くさいので、500mlのペットボトルお茶を箱買いしてみた。一応これで何とかなりそうである。

オールフリー(ノンアルコールビール)飲んでいいか悩みがち:今までオフィスでは人目の問題もあり無理っぽかったが、テレワークであれば気にせず飲める。しかし、やはり・・・・微妙なのである。

烏龍茶と何が違うんだ!と言う声もあるが、ためらう自分もいる。
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テレワークによる在宅勤務が開始!慣れていないので、なかなかのストレスについての感想

 新型コロナ感染防止に伴う様々な施策の影響で、ついに私もテレワークによる在宅勤務の状況になってしまった。これまではBCP対応で、公共交通を使わず車で長距離を通勤していたが、ついに出社数そのものを下げる意味でそれもNGとなった。(関連記事: 新型コロナ拡大に伴う緊急事態宣言から、終末、じゃなかった週末を迎えた現時点までで起こった私的出来事とその感想:安全確保と最低限の事業継続との相反、そしてポスト・コロナで起こる業務トリアージの予感

 先日、ついに1日テレワークによる在宅勤務を実施したものの、やはり仕事のやり方が異なり、かなりストレスが溜まる結果となった。

 慣れの問題もあるのであろうが、少し記録として残しておきたい。

 私の仕事は、いわゆるバックオフィスの事務方であるが、調整系窓口系の業務である(要するに人事や総務といったような、この場合フル回転になるような業務ではない)。

 自宅書斎に会社支給のノートPCをセットし、自宅のネット環境を利用して会社のシステムに接続する。これはまあ何とかなり、これまでも海外出張の際にも行ったことのある作業であり、一応朝には準備が整った。

 基本的には会社のシステムが使用できメールが閲覧できれば、まずは何とか自分の業務は継続できるはずである。ただ、内線電話はない(当たり前)や当事者が近くにいない(当たり前)ので、今までとは仕事のやり方が異なってくることが気になった。

 調整系の事務方業務としては、やはりできればオーラル(口頭)、できればリアル対面での情報伝達が必要であり、メールだけ打ちっぱなしでは進まないことが多い。

 特に私のような調整系の仕事だと、最終的に「首に鈴をつける」という重要な業務がある。

 ある程度の組織だと、利害関係が入り乱れるので、誰もが少しずつ不満を持つ形で実行計画を落着させることになるのが一般的である。全員ハッピーになることはない。

 自分(の組織)にとって思い通りにならない不満を抱きつつも、この案を”呑んでもらう”という作業。

 そして、それはその当人だけが損しているわけではなく、みんな少しずつ損しているので、利害関係者全員にその説得作業が必要なのである。だが、みな「自分だけが損をした」と思うものなので、極めて労力がかかる割りに報われない業務なのである。

 そんな時は、こちらの板挟み感を対面して理解してもらう、面と向かって長い沈黙に耐える粘りも必要なアナログ作業なのである。

 これができないのが、テレワーク業務的にきついが、なかなかこれを火急の業務だと世間一般に理解してもらうのも困難な気がして、悩ましい。そのためだけに出社するのか、と言われそうで。確かに自分でも変なことを言っている気がする。

 特に今回のような事業継続モードで、実行するリソースも限られている中で優先順位を判断して実行要否が決まるような状態だと尚更である。

 時間の使い方も、より緊急性の高い、つまり現場(フロントライン)に近い相手の都合に合わせることになるため、どうしても手持ち無沙汰な状況が出てしまう。平時であれば、色々な手段でプッシュしたりできるのだが、非常時にはそのような手段も使えない。自分の優先順位が常にトップであれば良いが、そうとも限らないので判断が難しいのである。

 そんなこんなで細々と在宅でも業務を回し始めた。まあ、平時とは違うことが大前提なので、スピードが遅くなるのは致し方ないし、緊急的措置も準備してあるので、こちらの方は正直何とかなりそうである。

 元々引きこもり系かつインドアであったので、結構イケる、というか、これは私にとって理想的な環境ではないかと思っていた。しかし、そうではなく、結構ストレスが溜まることがわかり、この反応は自分でも意外であった。

 問題は個人的なもので、やはり「在宅」という業務形態がサラリーマン人生の中で初めてであり、これが非常に戸惑う。そして、精神的なストレスになっているようであった。

 これまでの通常業務でも一人完結で仕事をしていると思っており、在宅で一人なんて問題ないと思っていた。確かに一面からはそうであった。実際にこの状況下だから細々なのは仕方ないが、進めることはできている。しかし、会社という場所、リアルな人間がいる場所というのは、意外と色々と見えない別の「機能」があったのだと改めて気づいた。

 例えば飲み物一つでも、小休憩で自販機でカップコーヒーやお茶を買う。または自分でインスタントコーヒーを入れて給湯室で入れる。こうした一手間、少しの歩きと少しの場面転換が、意外に気分転換になっていたのだ。

 在宅勤務の場合、自分で台所へ行きお湯を沸かしてコーヒーを入れる。同じ様に見えるが、精神的には何か変な落ち着かなさを感じるのである。一旦日常に戻って、直ぐにビジネスに切り替わるような、あるいは日常のはずの台所にビジネスを持ち込んでしまったような精神内部の混乱があった。

 要するに、プライベートの空間とビジネスの空間がまだ混ざり合っているので、自分の中でおかしな切替の混乱が発生しているのである。どちらかといいうと、ビジネスの心理的空間が日常を侵犯、侵食しはじめているのである。それはそのはずで、プライベートのはずの書斎の一角で、ある意味「勤務」をしているのだから当然であろう。このあたりがまだ自分の中で消化・整理できていない。

 在宅でも外出して近くの自販機にジュースを買いに行くのも別に時間、移動距離共に、会社におけるそれと変わらないような気がするが、心理的な距離というものは大きい。慣れるものなのか。

 そんな状態の中でも、昼の休憩には、まるで休日のような家族での昼食があり、またそれが終わると、わずか数秒でビジネスモードに入る。これはなかなか切り替えが難しい。

 また運動不足も結構堪える。

 自宅だとほぼ運動ゼロになってしまう。

 会社の場合、少ないにせよ通勤、会社内での歩行など運動があった。在宅だと何もしなければほぼゼロである。これも結構ストレスになる。

 結局在宅業務が終わると、散歩がてら近くのコンビニまで歩き、安いワインを買って帰宅。晩酌をすることで少し運動不足とストレス解消にはなった。

 もうひとつ気になるのは、「結構アルコールに依存しそう」ということである。上記の散歩がてらの気分転換などストレス解消のキーパーツに「アルコール」が入ってしまっているのである。

 立ち飲み屋巡りが趣味であったが、この緊急事態宣言以来自宅で飲む酒量は、立ち飲み屋巡りをしていた時よりも多くなっている。しかも、ストレス解消の名目が加わっている。これは由々しき事態であり、少し在宅勤務長期化を見越して、スケジュールを再構築する必要があると思っている。

フワちゃんのようなYou Tuberはどうやってストレス解消しているのであろうか。
好きなとこで生きてゆけたら・・・

 

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新型コロナ拡大に伴う緊急事態宣言から、終末、じゃなかった週末を迎えた現時点までで起こった私的出来事とその感想:安全確保と最低限の事業継続との相反、そしてポスト・コロナで起こる業務トリアージの予感

 2020年4月7日に発せられた新型コロナ感染拡大に対する「緊急事態宣言」から約1週間。ようやく週末を迎えられた。終末を迎えられなくて良かった。

 この期間、主に仕事関係で非常にバタバタした。はっきり言ってヘトヘトである。終末を迎え、また間違えた、週末を迎えた今少し思うところを書いておきたい。

 会社の勤務地が首都圏にあるため、4/7から自主的に在宅・待機モードに入る情報が前日の4/6に流れ始めた。予告はあったものの、実態はわからず、どのようにするかの情報も混乱する状況の中で、この時点で決まったことは「基本的にBCP(事業継続)に必要な要員を残して、4/7から当面出社を見合わせること」だけであった。

 製造業とはいえ、どちらかというとインフラ系ではなく第三次産業系のメーカーのため、社会的なインフラ維持のための事業継続ではない。だからといってビジネス的には完全停止はできないため、まさに不要不急な業務の停止を実行することになる。

 私自身は実は不要不急な仕事であろうと思い、自宅で巣篭もり業務かな、と踏んでいた。しかし何故か?BCP要員に選択されてしまった。意外であるが、これは私の今の仕事が他社との窓口的な役割もあり、他社のBCPの動向を見極める必要があるから、というものであった。

 まあ電車も空いているし、と思っていると「公共交通機関での出社は禁止だから」とのこと。しかし、私の自宅から勤務地までの距離は片道約50km。徒歩や自転車はとても無理である。結局、自動車通勤になってしまった。しかもそのルートには結構な渋滞ポイントが複数ある。どう考えても1.5時間、あるいはそれ以上はかかるであろう。

 初日(4/7)は、もはや腹を括って朝4時に起床(というかほとんど眠れず)、5時には車で出発。流石にこの時間帯ならいつも空いているということで6時30分には到着。実質一番乗りであった。この時点ではまだ正式には緊急事態宣言は出ていない。車の流れも通常の感じであった。店も普通に開店している。

 会社でもまだ状況把握ができておらず、出社してきた幹部は現状の部門の業務の棚卸しと選別を始めている。要するに今後長期化も見越して、不要不急の業務は停止し、緊急性のあるもの、つまり事業継続に最低限必要な業務を優先的に実施するいわば業務の選別を行っているのである。

 しかも自社かつ首都圏だけのこの状態で、首都圏以外の支部や他社、海外拠点の一部は平常に動いている訳で、そことの調整もある。

 ただ、本社機能は首都圏にあるので、機能は危機管理的には稼働しているが、そのリソースはいわば停止、あるいは、低下している。つまり意思決定などは可能だが、平時であれば処理できる機能が大幅に低下しているのが実情なのである。バックオフィス的な業務が特にそれにあたる。この状態が意外に厳しい。購買、法務、経理、IT、施設管理など、これらは事業継続に必要だが、この状況下では大幅に組織的パフォーマンスが低下しており、いわばセーフモードで最低限のパフォーマンスしかないのである。

 事業継続判断のため必要最低限の活動を行う。また、その必要最低限という意味は「火急」である。つまり緊急性があるということである。その一方で感染拡大防止、すなわち従業員の安全管理もあるので不要不急の業務はすべきでない。

 この両者、安全管理と事業継続は一種の相反関係、トレードオフになっている。

 そこでまず実施すべきは「緊急避難的処置」を考えることであった。つまり平時の際のルール通りに動かすことは、平時の組織であれば可能だが、この非常時のパフォーマンスでは時間軸的に難しいものがある。不要不急なものは停止(ホールド)するが、BCP的に必要と判断されたものは通常通りに継続実行しなくてはいけないのである。それをどうするかを判断しなくてはならず、まずはそこを関係部門と調整する必要があった。つまり、通常なら関係部門の承認が必要だが、この緊急的な場合ではその承認をすることが事業継続にとって障害となる場合には、その部門承認は事後処理にする、などの承認を事前にその組織と行っておく必要があるのである。これは後々責任問題というか、後日”犠牲者”が出ることの防止でもある。要するにフロントラインシンドロームで、現場が暴走して自己判断した場合の個々の責任問題を、ある程度回避するための予防処置でもあった。

 次に情報統制を行う必要があり、情報ハブを作っておく必要があった。とかくこの手の混乱状態というか見切り発車的な動きの場合には、情報が錯綜しやすく余計な仕事が増えるので、まずは情報ハブを決めて、そこから一元的に下ろすような動きというか、まず関係者に「宣言」する必要があった。

 そして、何よりまずは事業継続観点で何を残し、何を止めるかという決定に従うべき、という認識を全体で共有する必要があった。個々の個別判断で実行と停止が決まると、必ず軋みが出るからである。そしてこの場合、忘れがちなのは、個々の生命の安全が全てに優越する第一優先であり、この前提を同時に理解させることであった。

 順番は前後するが

①安全が第一優先である前提の上で、事業継続観点から継続すべきもの、停止すべきものを選別するという方針を内部で理解させ、何を継続/停止するか経営的に合意をとること。

②その上で平時のパフォーマンスが低下している中でも事業継続するための緊急避難処置を考え、関係部門と事前に合意すること

③情報ハブをできるだけ早急に決める、あるいは宣言してしまい、一元管理と統制を取り戻すこと

 この3点をできるだけ速やかに(まだ機能が多少残っているうちに)する必要があり、そのための動きを実施してきた。非常に疲れたのである。

 とはいえ、リアルタイムで動く話なので、情報はやはり錯綜し、福島第一原発で誤解?として起こったような現場での勝手な「撤退宣言」が出たりして、統制が一時的に狂ったりもした。まさに情報の混乱に起因するものであり、これを整理するのにも余計な時間と労力がかかった。

 やはり事業継続するとはいえ、最終的には「新型コロナのこともあるが、ここは事情を理解して可能であれば出勤して欲しい」という判断を個々の従業員に迫ることにもなるので、単純な話ではない。個人にも家庭の都合や不安もあるのは当然のことである、第一優先は生命であり、その前提で、最低限何ができるかを判断することが求められていた。原発事故と違って、今回は究極の究極手段である”じじいの決死隊”もできない。むしろ高齢者の方が危険であるからである。

 これらの対応を行ってきたのが4/7,4/8であった。混乱はあるものの、ようやく整理ができてきた。その後4/9,4/10では少し事後的な動き、緊急避難処置をした後に、平常時復帰後のすべき残務の整理など少し落ち着いた仕事モードになってきた。

 車通勤はきついが、確かに自宅から車で出勤し、閑散としたオフィスで一人で仕事(ほとんど電話とメールとTV会議で仕事なので接触はない)、食事も持ち込み(カップ麺がメイン)なので確かに人との接触はほとんどないのも事実であった。

 4/7は緊急事態宣言が発令された当日でもあり、大渋滞で3時間かかり、前日眠れていないこともあり、流石に安全を見て、翌日は多少遅めに出ることに。

 宣言後の4/8朝は、さすが日本人、ほとんど車の渋滞はなく、1時間強で到着。幹線道路沿いの店も閉まり始めていた。やはり平時ではないことを実感する。

 特に今回は、一旦企業活動をストップした上で、事業継続すべきものを選択復活させる、というステップを踏んでいるので、急ブレーキの直後の急発進になっている。その結果、いろいろなところで「社会的な鞭打ち症」が発生している。もちろん普段から危機管理の準備はしていたはずであるが、結局、組織というものは多重の情報伝達経路を含んでおり、意思決定が即時に伝わる訳もなく、ある種のイナーシャ(慣性)が存在し、それによって末端までのタイムラグや伝達遅れが生じるのである。まさにその点に振り回された1週間であった。

 長期化を見越して在宅、リモートなどの環境を整えつつあるが、おそらくこう考えている。

 新型コロナの影響は長期化ないしその影響で経済活動は低下するであろう。つまりコロナ前の業務と同じようには戻らない、ということである。

 仮にワクチンが開発されて安全確保されても、である。

 それはいわば経済活動が低下した結果「その業務そのものがなくなる、あるいは、元々不要なものだったと判断される」からである。

 つまり無用の用ではないが、以前なら「よくわからないけどあった業務」とそこに割り当てられた人がいたが、これが今回の急停止によって「この人がいなくても(戻って来なくても)別に組織としては困らない」ことが改めて浮き彫りになってしまっているのである。

 今後順次、優先順位に従って企業活動はそのペースや業務形態はまちまちであろうが、次第に元の状態に復帰してくるであろう。しかし、その戻り方には優先順位があるのである。

 そしてそれは個々の個人によって異なる。

 いわば「戻すべき価値がある人」から順番に戻す。そして周囲は順次お呼びがかかっているのに、いつまでも声がかからない「自宅待機組」が出てくる。彼らの心中はどうなのかと思うと残酷な光景が目に浮かぶ。

 これは患者の重症度に応じて治療の優先順位を決めると同様の「業務のトリアージ」である。そして死亡者を意味する「黒タグ」を付けられた人は、もはやその場に置かれ、一番最後に収容されるのである。

 ポスト・コロナの光景はまさしく業務トリアージの後の光景であろう。

 それはまだどうなるかはわからないが、不可逆であり、かつての光景と同じでないことは確実であると思われる。

 またこうしてこのドタバタ(まだ続く)を振り返ると、平時モードの人間とカオスモードの人間で得意分野が違うというか、人間性が浮き彫りにもなる。平時では優秀な司令官が、いざ非常時には指示待ち人間(指示くれ、他人に決めてくれ)になってみたりと、なかなか人間模様も多々見えてくるのである。

 やはりこうしたカオスな状態になると、何を優先に考え、判断すべきかが試されているとも言える。

 まあ、偉そうに言っているが私自身はある意味BCP対応とはいえ一つの「駒」に過ぎないので、ただ黙々と仕事をするだけであった。今週の終盤には若干不謹慎だが「普段より静かな環境で、他からの業務インタラプトもなく、黙々と一人完結で仕事ができるので意外にこの環境は良いかも」とすら思えてきた。

 とはいえ、電車通勤なら途中の立ち飲みで一杯もできるが、それも今やできず、楽しみといえば帰宅途中に自宅近くのコンビニに立ち寄り、アイスを食べ明日の朝食と昼食のカップ麺を購入しつつ、晩酌用の500円くらいのワインを買って自宅で飲むだけであった。車通勤は明らかに運動不足であり、少しずつストレスは溜まっているようである。

 東日本大震災の時と比較すると物資に関しては十分あったのでこの点は心理的にも助かる(紙マスクは見かけないが、布マスクを自作したので安心)。やはりフロントラインを維持するためには十分な兵站(ロジスティクス)が必須であり、現時点では何とかこの点では心理的なパニック感は抑えられているような気がする。

 ただ我々のような後方にとっては一応安心かもしれないが、現時点における「フロントライン」は医療現場がまさにそれに当たる。

 実は今回の自粛措置はその最前線(フロントライン)に向けて補給線を造り豊富な物資を優先的に供給する、あるいは、そのフロントラインを維持するための感染ピークのブロード化ということが求められているのであろう。だが、その割には、後方での議論の方が、大きくクローズアップされていることが少々気になるところである。

暗い気分なので「日めくりフワちゃん」でゲン直しである
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いきなり大雪、3月29日なのに

 リアルタイム性がないブログであるが、小池都知事の外出自粛要請に加えて、この季節外れの大雪で「いや、そもそも出れないし」みたいな状況を一報しようかと。なかなかの雪である。10cmはあるかと。

 昨日は暖かいし、桜は既に咲いているのに、季節感が混乱しそうである。季語を使う俳人が廃人になりそうである。

 雪が重たく、水分多めのため、庭草が倒れて動線が無くなったりと、通常の大雪とは様相が異なる感じである。

 これで本日夜に気温が下がって、翌朝凍結の場合、早朝革靴出勤したら絶対スケートリンク状態で傷だらけになることも予想でき、なかなか厳しい。

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【大田区】マクドナルドと地下鉄の睨み合い【馬込車両検修場】

 所用で大田区馬込付近、国道1号沿いを東京方面に歩いていた。ふと上方を眺めると、高架線の上に電車が止まっている。若干の違和感が。

 なんとなくであるが地下鉄っぽい。都営浅草線の車両のようだ。

 そして、南北に伸びている高架の線路の南端(要するに川崎方面)で、マクドナルドの建物によって、ちょうど高架線路が止まっている。睨み合いの様相である。

 むしろ、マクドナルドが線路の延伸を妨げているようにも見える。でも、都営浅草線に川崎方向に伸びる計画も聞いたことがないし…

 これはどう解釈すべきであろうか。

 やはり土地問題でごねてるのか?

 見ていると、そのうち電車は動き出した。

 どうやら真相は単純で、ここは「馬込車両検修場」という車両基地であったのだ。

 そして、この謎の盲腸のような直線線路は、スペースの関係上車両基地へ入る際の前後逆に転換する際のスイッチバックであった。

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台風19号の爪痕:北浅川の”八王子流れ橋”は予想通り流れていた(画像あり)追記:復旧しました

 先日の10月12日に日本を襲った台風19号。なかなかの恐怖体験であった。

 いつでも避難できる態勢で、寝ずの番をしていたが、我が家は21時頃には通過、何とかことなきを得たが、周囲では色々と被害もあった模様である。

 約1週間後の八王子の北浅川と町田市相原方面で、まだ癒えていない傷跡の写真を記録の意味でアップしておく。なお、北浅川は恩方付近で「氾濫」をした模様。今回はその地域より更に下流である。

 北浅川の上壱分方付近。かなりの増水の後で、河川敷の道路ギリギリまでえぐられている。しかし、このエリアは結果氾濫はなく、比較的無事だった模様である。川底が深めなので、何とか持ちこたえたのであろうか。

 さらに上流にある大楽寺付近(陣馬街道の切り通し)にある”八王子流れ橋”(があった場所)の風景である。ちなみに、私の実家方面では”どんどん橋”と呼んでいる。

少し道のような部分と、こちら側を結ぶ形で”流れ橋”があった

 この橋は厳密には違法建築物であり、地元(より具体的には対岸)の人が自力で作っている橋なのである(外部記事に詳しい)。とはいえ歴史的には法的規制よりも先にニーズがあったという所以もあるので、そんな単純な問題ではない。

 この川向こうに行くためには、適当な橋がなく、大きくアップダウン込みで迂回して遠くの橋まで行って、戻ってこなくてはいけないのである。特に陣馬街道のバス停から、川向こうに徒歩または自転車でいく交通路が不便で、この橋があるとかなり楽ができるのは非常に良く理解できる。

 ただ手作りなので、基礎工事もなく、鉄パイプとベニヤ板で作られており、手すりもない。自転車を降りずに渡るのは結構スリリングである。よって、基本台風などの増水では、設計的に”流れる”前提である。そして数日するとまた地元の人たちの手で復旧・再建されるのである(本来は、東京都なり八王子市が対応すべき案件であるが、なかなかそうもいかないようだ)。

 ”流れる”前提なので、両端のパイプは金属ワイヤで岸と接続してあり、通常の増水程度では分解されるだけで、再度パーツを組み立てるだけなのであるが、今回のような台風による増水の場合にはそうもいかない。全て下流に流されてしまう。一部は上壱分方付近の岸に足場材らしきものがひっかかっていた。

下流に鉄パイプが・・・・これが流れ橋の一部?

 今回は下流の様子を見てわかるように、増水の影響により川幅すらも広がってしまっており、以前よりも橋をかけるエリアが遠くになってしまっている。これは復旧が大変そうだ。(2019.11.23 追記 ずいぶん水が引いたようで、復旧した模様。サイトにあるように小さめの仮橋になっている。自転車は通れない模様)

 かなり水が引いた2019年末の風景。中洲が見えており、2つの橋がかかっている。

 渡ろうとするとビティ足場2枚はなかなかグラグラ感がすごい。足を踏み出すごとに、足場がたわむ。これは確かに自転車は厳しい。

 また、別件でたまたま見かけた、町田市相原町の土砂崩れ現場。

 通行止は解除されたが、まだこのような復旧作業中である。上にあるガードレール付きの道路が丸ごと途中から大きく崩れ、さらに土砂が近くの町内会館(この写真には写っていない左側の建物)に流れ込んでいるように見える。これも結構な被害で大変そうだが、このポイントが何故崩れたのがイマイチ不明である。丘の頂上付近で、ピンポイントで水が流れ込む感じでもないし・・・。

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【悲報】ダイエットをすることになった【目標:3ヶ月で-5kg】

 とうとうダイエットをすることになってしまった。

 できるかどうかはわからない。 

 定期健康診断で、肝機能とコレステロールが高い側の警報を叩く傾向があり、警報が出た翌年は少し気にしつつ生活するので、少し数値が改善される、という1年おきのサイクルを繰り返していた。 

 恒久対策はなされていないので、本質的な是正処置は実行されておらず、 軽故障のインターロックを解除してはチョコ停再発といった状況である(職業病)。 

 最近の医療費負担による影響により健康保険組合も業を煮やしたのか、 改善が見られない成人病予備軍のメンバーに半ば強制的に改善プログラムを受講させる、という荒業に出たのである。 

 私のそのメンバーに選ばれたわけである。光栄だ。

 まあ、他人のカネ(保険料のような気もする)で色々プログラムをやってもらえるのであるから、ありがたい(合掌しながら、棒読みで)。 

 でも、かつても似たようなケースで苦い経験があるのだ。なので、少々身構えている。 

 ちょうど10年前のこと。

 今回と同様に健康診断でひっかかり、会社の安全衛生室の産業保健師さんとの面談が設定された。

 同じように体質改善プログラムがあるので、参加せよ、という強めの指導であった。 

 当時はまだ真面目(?)だったこともあり、とりあえず参加することにした。 定期的に体重を記録し、面接する。時々食生活のアドバイスを受ける、といった感じだったと思う。 

 会社の仕事と同じで、数値化し目標を立てることで、それを管理しようとする思いが働く。なので比較的順調であった。 

 ただ、当時から酒を飲むことは好きで、飲み会は断らなかったので、 その際に「自分用にキープした豆腐サラダだけでハイボールをひたすら飲んでいた」という異常な光景を周囲に見せていたらしい。まあ、それだけ真面目だったのである。 

 結果は3か月で10kg体重が減少した。

  体重が軽くなると、ある瞬間に”体が軽くなる”のような経験もできた。 数値も改善されたが、とはいえ、それ以外のメリットはない。家人にもダイエット食をつきあわせ、コンニャクだ、卯の花だ、といった草食系メニューにした結果、家人の方がゲッソリやせて家庭内がぎくしゃくするというおまけつきである。

 まあ、良かった良かったということであるが、この話には苦い後日談がついている。 

 安全衛生関連のイントラネットで、今回の体質改善プログラムの結果を、安全衛生室が誇らしげに成果報告して いたのである。 

「今回の体質改善プログラムは、非常に成果が出た。参加者は5名で、その平均体重減少は5kgとなっており、昨年に比べて大幅に向上した。これも、今年の指導改善の結果が出たからだと思っている」

  ・・・あれれ? ボクの体重減少が10kgで、それより平均値が悪化しているということは、残りの人達って明らかに結果がショボいか、下手したら体重増えている奴がいるよね。

  ・・・この「成果」って、ひょっとして、ほとんどボク1人の成果では?

 という思いが瞬時に脳裏をよぎった。

 ・・・まあよろしい。 

 他人にふんどしを取られて、手柄を横取りされるのは慣れているのである(遠い目で)。 

 結局、プログラムが終了すると食生活は元通りになり、リバウンドのごとく体重は増加していった。 

 そして今に至る訳である。 

 そんなトラウマを感じつつ、再びのダイエットプログラムである。 

 今回面談した栄養士さんからは「御飯が好きみたいですね。炭水化物を控えてみましょう」というアドバイス。というか受け入れるしかない。いわゆる糖質制限というやつですな。 

 NGとなったものは、カレー、丼もの、ハンバーグ、パスタ、ピザなど。好物だらけである。お蕎麦と丼なんて 組み合わせはもってのほからしい。カレーはご飯+ルーの小麦粉でダブっているらしい。松屋のカレギュウを愛してきた私としては、暫しのお別れである。 

 くそう、と思うが、まあ、仕方ない。また痩せたら再会するだけのことである。

 コミットメントは3か月で3kg減量。 

 比較的緩やかなダイエット目標であり、炭水化物控えめ、食事を注意すればなんとかなりそうな感じであり、OK した。 

 今、一番の恐れは前回同様リバウンドである。 

 私も社会人なので、目標設定されたら何とか頑張る公算はある。しかも今回は比較的目標は緩い。 

 むしろ恐れているのは、その後のリバウンドである。 前回だって、リバウンドのことは全く相談に乗ってくれなかった。 

 指導する側は、そのプログラム内での成果を出すことが最優先な気持ちが見え見えなので、「それは痩せてから、考えましょう(ハート)」みたいな感じではぐらかされ、結局終わったら、その時点での成果を確定させたが最後、その後のフォローなんてないのである。先行逃げ切りである。 あの手この手の言い訳と残件対応という言葉で糊塗して装置検収を貰ったが最後、後は放置するどこかの装置メーカみたいだ(あれ?)。

 今回も二の舞は嫌なので、面談の際にも相談しようかと機会をうかがっていたが、 栄養士さんとしては、何より私にこのプログラムを承諾させることに注力している模様で、私が受諾した瞬間に「はい、終了です」と退出を促すありさま。 

 まあ、健康になる恩恵を受ける受益者は私であることは否定しない。アドバイスしてくれるだけでありがたいと思わなければいけないのであろう。 

 でも、その結果がうまくいった場合、それはそれでそちらの成果にもなるはずであることは前回の経験から知っている。ならば、お互い様の部分があるので、こちらの心配も払拭してほしいものだ。 

 10年前と違いスマホがあるので、スマホでアプリをダウンロードし、 そこに毎日体重を入れるシステムができていた。その結果は、指導する側も閲覧できるのでその結果を見て、色々アドバイスをしてくれるようだ。 

 ただ困ったのは、自分では現状の体重を入れられるが、不正しないように「目標体重」はシステム側、つまり指導側からしか入力できないようになっている。 

 その目標体重の数値は、今年はじめの健康診断の結果から、減量目標の3kgを引いたものが入っている。しかし、健康診断の時点から、現時点で更に体重が2kg増えてしまっているのである(泣)。これは不可抗力というしかない。 

 その結果、コミットメントは3か月で3kgではなく、3か月で5kgとなってしまった。 最初は楽勝と思っていたが、結構きつめになってきた。 

 このハンデ分はどうするのかが、早くも悩んでいる。システム側で何とかしてくれないものか。 

 ダイエットは10/1から開始した。計画とその結果はまた改めて報告したい。

 

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