大阪でマックのカルピスシェイクを試してみる

出張で大阪方面へ移動中、蒸し暑くなりマック(敢えて関東風に)のカルピスシェイクを試してみた。

御堂筋線の天王寺行きをバックに。

 

味は、マックシェイクの通常のヨーグルト味を想起してしまい、あまりカルピスらしさが無いようだ。いっそ甘みを大胆に抜いて、プレーンぽくした方がカルピスらしさが引き立つのではなかろうか(偉そうに)。

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【小職貴職】違和感のあるビジネスマナー(書類編)【以上】

私が社会人になった20年以上前には、まだPCが一人一台ではなかった。設計の製図では、ドラフターがまだ残っており(すぐ消えたが)、CADはそれ専用のエアコンの効いたCADルームがあり、専門のCADオペレータがいた。

情報のやり取りは電話、そしてファクシミリである。会社専用のヘッダー、フッターをコピーした用紙があり、これに手書きで送っていた。出張先からの報告もファクシミリである。

次第にPCが1人1台になり、電子メールが普及するようになったが、ファクシミリ全盛時代を知る人間にとっては、電子メール時代のマナーについて、ちょっと違和感を覚えるものがある。

それは、電子メールの書き出しの「○○(自分の名前)です」である。

ファクシミリだと、ヘッダーに差出人が印刷されていることが多く、この習慣はなかった。

その一方で電子メールだと、いきなり本文が始まるので、こうした配慮が必要と聞いたことがある。

しかし、未だにこれに慣れないのである。玄関で「ごめんくださ〜い、○○(自分の名前)で〜す」(三四郎の小宮の声マネで)と、大声で怒鳴っているうるさいイメージが拭えないのである。

メールの送信者アドレスで、ほぼ99%誰かは推測できるので、この習慣って必要なのだろうか、とずーっと思い続けている。でも、周りがみんなやっているのでやめられない。これが同調圧力というやつであろうか(被害妄想かな)。

また、ファクシミリ時代からも色々言われてきて、個人的に違和感を感じているマナーが2点ある。

①書類の文章最後につける「以上」である。これも、なんかつけたくない。つけた方が文章の終わりを定義できて確かに良いのだと思うが、これもコンサート会場とかでステージ上に立ったアーチストが「以上!」というエンディング風景を思い浮かべてしまうのである。たかが、コピー用紙の補充の用件で、そんな格好つけなくたって……という失礼なことを想像してしまうのである。

②自分のことを「小職」相手を「貴職」と呼称すること。これは完全に好き嫌いではあるが、完全に気持ち悪い。でも使う人が結構いる。昔の私の上司は、”本来は官職が使う表現であって、民間のサラリーマンが使う表現ではない”、と言っていつも怒っていた。私にも「意味が違うのだから、使うな」と言われたことがある。でも、異動してきた更にその上の上司が「小職、貴職」の人であった。もちろんその上司は沈黙していたが。

かような形で、振り返ると習慣づけられてきた部分があるが、慣れない部分も未だに残っている。

小職、貴職なんかは、普段使わないものの、怒りのクレームを入れる際に、突然小職貴職に切り替えて、冷たい怒りを表現するテクニックなどもあった。

小職からの報告を終わります。

以上

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【新潟グルメ】居酒屋で頼んだ「あさつき味噌漬け」はなかなかのパンチがあった

先日の出張で、新潟の居酒屋で日本酒を飲もうとしていた。つまみにやはり地元のものが欲しいと思って眺めていると「長岡産 あさつき 味噌漬け」というメニューを発見。全く予備知識ないまま、注文した。

出てきたのは、これ。

ラッキョのような感じではある。あるいは野草のノビルにも似ている。ノビルは味噌をつけて食べていた。どんな味だったかなあ。

ということで食べてみた。日本酒は〆張鶴の熱燗である。

・・・・か、辛い。スパイシーでもある。

そして日本酒を。・・・・合う。

ノビルとは異なって、結構、辛い。生姜のような感じの辛さがある。それに味噌があるので丁度中和するのかと思いきや、あさつきの辛さ→味噌の甘みという順番でくる。

まさに日本酒のアテであり、結構これだけで日本酒が進んだ。

一応ネットでも調べてみた。

あさつき(wikipedia)によれば、ネギの仲間のようだ。その球根を味噌漬けにしたものらしい。

新潟の食文化としても、この球根を食べることは良く知られており、この味噌漬けのほか、蕎麦の薬味に丸かじりするらしい。(外部サイトの関連記事

かなりの辛さで、一皿食べるのに日本酒を4合飲めてしまった。

口の中がヒリヒリする代わりに不思議と酔いがあまり回っておらず、このあと更に深追いをしてしまい、翌日後悔する羽目になってしまったのであった。

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懐かしの八王子駅「九州らーめん桜島」の味噌後溶かしラーメンを食す

八王子駅方面で昼食を、と思ってしばし考える。

学生時代は、基本的に八王子駅近辺がホームグラウンドであり、色々と懐かしい店も記憶にあるが、さすがに30年前と駅周辺の姿はかなり変わっている。

駅前の姿も全然異なっている。JR駅前には絹の街八王子というモニュメントがひっそりと建ち、そごう、丸井、長崎屋、ダイエー、大丸、西武などのデパートがあった。京王八王子は今よりはるかに寂れた地上駅であったと記憶している。

それはさておき、少し昔の思い出を呼び起こされたので、本日の昼食は、八王子だけど「九州ラーメン桜島」である。京王八王子駅前とJR八王子駅前に2店舗あり、どちらも高校生くらいの下校でよく寄った。安くてボリュームがあった。

しかしその後コッテリ系ラーメンなどに嗜好が移ることに伴い、少々物足りなさを感じてあまり足が向かなくなっていたが、久々に中年の体でもって試すことにした。JR駅前の店へ。

ここは味噌ラーメンがうまい。

このようにスープの上に、味噌が載っており、自分で溶かして食べるのである。

食券を購入し、入店すると、いきなりサービス品のコーヒーが来た。

このサービスは昔はなかったような。そのかわり、漬物が食べ放題だった気もする。今回は味噌ラーメンセット(ラーメン+ライス+餃子3個)650円を注文。ラーメン単品では500円。そうそう、コスパがいい店だった。

味噌ラーメンが到着。白湯スープに味噌を溶かす。溶かす途中で、昔はこれにバターを載せていたのを思い出した。でも今回は手遅れ。

具はもやしだけ。サッパリなのである。また、麺も昨今の硬めに反して超柔らかめである。

九州要素がどこにあるのか、今に至るもイマイチわかっていない。本場九州のラーメンも結構食べたが、あまりこれと似たものはなかった。

しかし、トータルとして非常に優しい味であり、ただただ何時も腹を空かしていた学生時代とはまた違った感じで、中年の身体に染み渡り、うまかった。

やはりこれもまた八王子のソウルフードなのであろう。

関連記事:八王子ソウルフード 竹の家ラーメン

 

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なぜか今頃「クイニーアマン」にハマっている

クイニーアマンと呼ばれるフランスの焼き菓子があり、パン屋で売っていることが多くなってきた。外側砂糖でカリカリで、中はしっとりと甘いという、要するに菓子パンなのだが、なかなかうまい。

参考:クイニーアマン wikipedia

名称はブルトン語で「バター(amann)の菓子(kouign)」という意味。

もともと知ったのは「モヤモヤさまぁ〜ず2」で大竹が薦めていたのが、きっかけである。

先日のフランス編でも、大騒ぎした挙句に本場のクイニーアマンを食べていたが、反応いまいちであった。

いつも購入するパン屋(PAUL 町田ルミネ店)があるのだが、毎回残り1個か売り切れのことが多い。人気があるのだろうか。

おそらく焼いているタイミングがあるので、複数陳列している場合に巡り合っていないだけだとは思うが、このような状態が続くと、少し焦る。

先日も残り1個を目ざとく見つけるやいなや、他の客に取られまいと若干の後方フライング気味に「クイニーアマンください(大声)」という行動を取ってしまった。

店員にキツめのあだ名をつけられていないかが気になる。

PAULのクイニーアマン。ようやく手に入った(というほどでもない)。

外カリカリ、中しっとりでうまいのである。

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井村屋「ゆずあずきバー」を食す。不協和音と思いきや、う、美味い(驚愕)

なぜか出張先の新潟で入ったコンビニで、二度見チックに発見したアイスである。

井村屋のあずきバーのようだが、ゆずシャーベットでコートされた「あずきバー」である。

ゆずとあずき?何かあまり相性良くない気がするが、酔っ払っていたこともあり購入。

食べてみると、美味い。まさに相乗効果である。ゆずのほんのり酸味とあずきが合う。びっくりした。あまり「ゆず」って旨さを感じたことはないのだが、こうして合わせると意外や意外である。

自宅へ帰り、井村屋ウェブショップで30本1,944円に悩み中である。

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【サラリーマン】キャリアパスの上位互換は無くなっているのに、必死に答えを探しても。【フリーランス】

キャリアパスを考えた場合に、ある立場の人間が、別の立場の人間に対して、「こうすべき」「こうあるべき」と言えるような優位的な立場というものは、もはや既に無くなっていることは、おそらくほとんどの人が同意されるのではないかと思う。

更に進んで「どちらかというと、こっちの方がいいんじゃない」みたいな控え目なサジェストすらも、確定的に言える場面が少なくなってきているのではないかとも思う。

キャリアパスの複線化やデジタルデバイドがそうした状況を作り出したと言える。先例となる成功事例は、急速に陳腐化していたり、そもそも延長線上から消えてしまったりと、要するにキャリアパスの「正解」が無くなっている状態なのである。

サラリーマンとしてのキャリア一本道が厳然と存在した高度成長の時代であれば、年功序列で先輩が後輩に対して自身の経験を優位価値として語れることは多かったであろう。

しかし現時点において、その構図は大企業であっても崩れている。

もう少しこのキャリアパスのアドバイスの構図を、一般的に語ってみると、自分のキャリアが、相手のキャリアに対して上位互換であるような場合には、経験を優位価値として語れるはずだ。

しかし、既に上位互換が崩れてしまい、いわば「機種・型式が違う」ような場合に、キャリアの比較検討すら意味をなさない状態になっている。

OSは同じで、CPUの動作速度が高速化するPCのような上位互換的に語れる状態ではなく、PCとスマホ、あるいはPCと自動車を比較するような、比較の意味をなさない状態になっていると思われる。

これはフリーランスとサラリーマンの対立軸でも言えるであろうし、フリーランス同士、サラリーマン同士の軸においても言えることであろう。

何を今更、と思われるかもしれない。

言いたいことはキャリアパスの上位互換が無効化されているという状態のことではなく、そのような前提においても、何故われわれは、他人のキャリアにアドバイスをしたくなるのであろうか。換言すると、なぜそれでもなお、キャリアパスの経験に基づくアドバイスが、ネットに溢れるのであろうか、という疑問である。

ニワトリと卵の例えのように、いつの時代でも悩みは共通だから、答えがあるのか?

でも答えっておそらく、ない。

経験を一般的な知見に汎用化することにより、答えとして語れるようになる?それって、薄い水割りのような、当たり障りのない言説では?

個人の特異的な経験は、それだけで価値がある?そんなの面白い体験談かもしれないけど、参考にはならないよね。

それは悩む側でも漠然とは理解しているのではないか。

むしろ、今の構図は、その前提でアドバイスする側が一方的に、様々なパターンで(悪い言い方をすると”下手な鉄砲数打ちゃ当たる”方式で)個別事例を数量規模で提示して、その中でいくつかに刺さればそれでいい、というように見える。

じゃあそれでいいんじゃない?刺さった本人にとっては良いんだから。

そうかな?

私が引っかかるのは、このモデルはSPAMメールや架空請求のビジネスモデルにそっくりだということである。

そしてその背後にビジネスの匂いを感じる。

悩み解決をお金に変えるのは、真っ当なビジネスであろう。それは当然そう思う。

しかし、そこに善意のアドバイスのようなもの、一見無償のアドバイスを提供しているような雰囲気を醸成するのは、弱者ビジネスの匂いを感じて、あまり傍目に見て愉快なものではない。

あるいは悩みを解決する順番が逆な気がするのである。

ライフスタイルをまず変えろ、というアドバイスは、実はその悩みを解決していない。

別の悩みに変換させているだけで、いわば悩みの総量は変化しない。その上で、そのライフスタイルの経験により悩みを解決する二段階型だ、という主張もあるだろう。

しかし、結局そのライフスタイルを変えたこと自体は、単なる解決のための準備の手段であるのに、あまりに大きいリスクを相手に負わせている。

胃が痛いとしか言っていない胃炎の患者に、「私は内科ではなく外科なので、まず胃ガンになってください。その上で胃を切って治します」ということを、告知もせず治療しているようなものだ。これも弱者ビジネスに思える。

むしろ悩む側が、一人で、自分の中でとことん悩む方がまだ健全な気がする。

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立ち飲み屋探訪:小田急町田駅「立ち飲み屋」(そのまんま)

色々あって、小田急町田駅周辺をうろついている。夜になると独特の雰囲気を出す街並みである。以前のJR側のアングラ地帯は壊滅したが、まだまだ雰囲気はいい感じである。

昼ごはんを食べ過ぎてしまい、ガッツリ夕食はNGなので、軽くお酒を飲もうと見つけたのが、「立ち飲み屋」である。形式と店名が一致しているらしく、どうも本当にその名前が正式らしい。

個人的にはおでん、特に、あれほど原理主義的に唱えている”ちくわぶ”に行くべき(関連記事)であろうが、今回は腹が膨れているので、酒中心で行ってみた。

ハイボールである。つまみは「塩らっきょう」(200円)である。ちょっと塩がきつかった。

正直この日は色々と悩ましいことがあって疲れていた。

今、言いたいことは、「立ち飲み屋に一人でいる女性はなんか誘ったらいけそうな気がするけど、9.9割は同伴出勤の待ち合わせだよね」ということである。

どうでもいい知識である(泣きながら)。

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「旅を仕事にする」ではなく「仕事が旅になる」場合の不自由さ

このところ出張が多い。出張の目的は打合せであり、基本的にはコミュニケーションができれば良いので、電話、メール、TV会議などで済ませたい。

最近はTV会議がツール的に結構進歩してきているにもかかわらず、どうしても対面の会議、つまり「人と面と向かって会う」という行為は残る。

関連記事:

ジャイアント馬場のビジネスパーソンへの教えー出張続きで疲れている自分に捧げる

さすがに海外は厳しいが、国内の場合なんだかんだで交通網が発達しているので、じゃあ会って話をしましょうか、ということになる。

Tv会議は結構双方向感があるようでなく、臨場感は迫力が伝わらない。先日も、一方では怒り心頭に発しているのに、先方では全くの平常運転モードで、会議が失敗した例もある(後で向こうに聞いたところ、こちらの”怒り”は全く伝わっていなかった)。

リアリティがないのかもしれない。

田中角栄のエピソード(wikipediaより抜粋)

相手を説得させる時は極力一対一で会い、一対一での説得ならば誰にも負けないと豪語した。盟友の大平正芳は「田中とは一対一で会わずに複数で会うこと。一対一で会えば、必ず言うことを聞かされてしまう」と述べていた。

大なり小なり会議ではその結論として意思決定を下す。その場合に利害調整として相手を「説得」する必要があり、そこには人間力というべき迫力が必要であり、やはりそのためにはTV会議では何か双方向で伝えられる「情報」に不足があるのである。これは何だろうと思う。雰囲気というか、オーラというか、人間力というか、風格というか。これをデジタル化はできれば、もう少し対面会議はTV会議に移行できるであろう。

そんな意味で、いつも「TV会議にできないのかな」とブツブツ言いながら出張をしている。昔の流行りの”旅を仕事にする”のは、自由な雰囲気があるが、今の私は”仕事で旅をさせられる”であって、言葉の順序が逆になっただけで、この不自由感はなんとも苦しいのである。

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【日本酒】長いトンネルの中で今代司酒造「新潟しゅぽっぽ」を飲んでみる

このところ新潟方面の出張が多い。東京から上越新幹線で2時間程度で行ってしまうため、日帰り圏内で便利になった。とはいえ、上越新幹線はトンネルだらけ(新潟県内は駅と駅の間がほとんどトンネル)で、ほとんどネットが繋がらないので暇つぶしも限られる。

かといって無理に仕事をする気にもなれないのは以前書いた通りだ。

参考記事:

ジャイアント馬場のビジネスパーソンへの教えー出張続きで疲れている自分に捧げる

そこで勢い日本酒でも飲もうかな(もちろん帰りである)となる。

先日土産物屋で見つけた小さい瓶(1合瓶)の今代司酒造「しゅぽっぽ新潟」を購入。飲んでみた。

ラベルに謂れが書いてある。

JRとのコラボらしい。味はすっきりとしてうまい。

ネーミングは少々いかがなものかと思うが、日本酒としての味はなかなかであり、ラベルを読みながらネットが繋がらない新幹線のトンネルの間で、一人メートルを上げたのであった(死語)。

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