【書評】オラフ・ステープルドン「シリウス」ー知性をもつ犬の”魂の成長”を描いた美しい物語

古典SFの名作と呼ばれるオラフ・ステープルドン「シリウス」を読んだ。(注意:ややネタバレあります!)

科学者によって生み出された人間と同等の知性をもった犬(シリウス)と人間社会との交流を描く。物語の主題としては、犬の身体の中に、人間と同等の知性(成長する知性)をもったとしたら?というSF的課題を設定し、その犬の精神成長をできる限り犬の視点から描いている。

シリウスは人間社会、家族の一員として幼児から青年、そして大人へと成長してゆく。我々人間と同様の精神成長をしていくと同時に、”精神の入れ物”である肉体が大きく異なることで当然ながら悩む。さらに、シリウスは人間が生み出したものであり、同じ知性をもつ同類は存在しない(生み出せない)という悲劇的設定になっている。

社会的存在として個人が、自我を確立し、精神成長を経験すると同様にシリウスもまた、成長し悩む。人間がそうであるようにある一時期に堕落したりもする。そして人間よりもクリアな形で、生物としての荒々しい”野生の力”とも自己の中で対峙することになる。

この小説のすごいところは、そうしたSFテーマを単純に”犬の体を借りた人間”という形に単純化せず、この特異なシリウスの精神を想像力で再現し、それを格調高い筆致で描ききったところにあると思う。犬のもつ人間よりも帯域の広い嗅覚や聴覚をもとにした、この世界像の再構成やシリウスの自己探求の果てに最終的には”神”の問題も扱い、ラストでは”生まれてきた意味”や”救済”すら考えさせる壮大なテーマに昇華されるのである。

シリウス(SIRIUS)とはおおいぬ座の恒星で太陽を除くと地球上で最も明るく見える星である。中国では天狼星、欧米ではDog Starと呼ばれる。夜空で最も明るく輝くこの恒星は、またそれがゆえに孤高な存在を象徴する。そして、太陽が昇ると夜空の星々の姿はかき消される。地球上からみて、ともに存在できない太陽とシリウスはこの物語の二人のキャラクターを象徴しているかのようだ。物語でのシリウスは、夜明けの太陽の光が注ぐ美しくも悲劇的なシーンで幕を閉じる。

我々自身を宇宙の外や別次元の視点から俯瞰して眺める経験ができるSFのパワーを強く感じることができ、有意義な読書経験だった。

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【書評】谷川ニコ『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』24巻–小宮山さんの”王者の変態ぶり”が冴える

谷川ニコ『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』24巻を読んだ。

今回は文化祭の前日から当日を迎えるまでのまさに青春ど真ん中の期間が収録されている。

文化祭は準備期間が一番楽しい。開催するまでは時間が濃密だが、実際に当日を迎えてみると、意外に大したことはない。終了までのカウントダウンが刻々と進むだけの日々で、思ったより充実感はないのである。

我々の時代でもあった定番の段ボール集めのエピソードもあり、まさに青春。それに加え現代的なスーパー銭湯での直前合宿(といっても絵文字以外何もしていない)まである。

そんなもこっち監督の映画の出来栄えはまあ、日常の変態性に更に変態性を加えた感じでありなかなか面白い。

今回のハイライトは、変態の帝王である小宮山さん含めた変人オールスターが集結するシーン。最後にはやはり真打である小宮山さんがゾクゾクする発言で、主導権を握り返した上で、きちんと(?)締めるという王者の貫禄ぶり。

3年の秋になり時の流れが微妙に緩やかになってきた気もするが、いよいよ卒業に向けてこの作品世界がどうなるのか少し注目している。

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