今回の山形県ドライブは約20年ぶりであった。社会人になりたての頃に、中古の車を7万円で譲ってもらい夏休みに一人旅(車中泊)をした地の一つが山形県であった。
私は小説家・森敦が好きで特に「月山」の小説世界が好きである。雪深い廃寺での夢のような現実と非現実が交錯する幽玄な世界がなんとも心地良いのである。
森敦が小説「月山」を構想したと言われているのがこの「注連寺」であり、庄内地方に点在している即身仏(ミイラ)が安置されている場所の一つでもある。
今回は天気いまいち(小雨)であり、真夏なのに肌寒い日であった。
拝観料500円で案内してもらう。天井絵画や即身仏「鉄門海上人」を拝観することができた。昔来た時には、本殿と別棟に森敦が1951年に過ごしたと言われる建物「森敦文庫」があり、ここの案内も受けた記憶がある。しかし、もう老朽化のため建物自体が無くなっていた(写真奥の建物の手前側にあったはず)。残念。
そのかわり以下のような説明パネルがあった。最近には近辺で地滑り被害もあったらしい。時代は流れていますな。
鉄門海上人の即身仏も拝観する。座禅した姿でガラス箱に入って安置されている。比較的大柄な体格で、手などは漆で保護されているようで黒っぽい。過去にも案内されたのでこれで2度目である。
自ら入定し即身仏となって苦しむ人々を救おうとしたということであるが、そのために断食をし水分を断ち、日本の高湿度環境下で乾燥したミイラとなるために毒である漆を飲むことも(その効果はさておき)行われたという(wikipediaより)。
それ自体が過酷な行為であり、そうまでして現世(当時の)における衆生の苦しみを解放するという思いがあったのであろう。翻って現代に置き換えてみたときに、この思いは今や時代遅れになっているのであろうか、即身仏になってまでの意思を持って救うべき衆生の課題は現在に存在するのであろうか、といったことを考えた。
ちなみに小説「月山」では、この即身仏(ミイラ)の正統性も重要なストーリーのパーツとして描かれる。さて、真実はどうなのであろうか。
近くにある「道の駅 月山」へ行き、隣接する蕎麦屋「大梵字」で10割蕎麦をいただく(即身仏を拝観したあとではあるが)。
3人前(2,400円)を2人で食べる。ドーンとざるに来て圧倒されるがちょうどいい感じ。
かつて見た月山8合目に車で向かう。8合目まではバスでもアクセスができるが、ここから頂上に向かわなくても、少し上がっただけで高山植物が群生している湿原が広がり、こうしたアクセスがなかった昔の人々は、危険をおかし苦労して登った先にこのような幻想的な異世界が広がっている風景を見て「霊山」と認識したのも頷けるという感想であった。
今回もそれを目当てに道の駅から車で細い山道を約1時間かけて8合目に向かう。結構な回り道ルートである。
しかし。
さすが月山。登れば登るほど天気が急激に悪くなっていくのである。次第に雨と風がひどく、ようやく到着した8合目駐車場ではさらに霧で視界もほとんどない(それでも雨具を用意した登山者が結構来ていた。これからこの悪天候でも登山するのであろうか)。
この時の私の服装はTシャツ1枚であり、雨具もない。駐車場からトイレへ往復するので精一杯であった。そして、寒い。さすが1,984m(頂上の標高)。
ということで幻想的な風景は断念。いつか再チャレンジすることを決意。
(おまけ)
注連寺の売店で200円で売っていた森敦の関連本。安いのは「在庫処分みたいなものですから」という若干著者(日大の先生)に同情するコメントがあったが森敦マニアにはお買い得であった。
(おまけ2)
道の駅「月山」で購入した月山ワイン。ラベルの製品名「月山ワイン」は森敦によるもの。