組織の中で仕事をするということは、多様な人間が複雑に絡み合う状態で、情報を整理し、意思決定し、実行に移すということである、と言い換えることができる。
いま多様な人間と書いたが、構成要員全員が自分と同じ情報、価値観、意思決定基準、アルゴリズムをもっているとすれば、個々人の集合体としての組織活動を統合することは容易なことであろう。
しかし、現実はそうではなく、構成員それぞれは、自分とは異なる情報、 価値観などを有している。
誰もが同じように「自分以外の人間が、自分と同じ価値観なら良かったのだが、そうではなくて、誰もが自分とは異なる」という意識を抱えながら日々行動しているので、更に話は複雑になる。
ヒエラルキー組織においては、特に自分にとって上位の人間の「意思」を慮ることが重要であろう。
つまり、”自分の上司が何を考えているか”を推測することが重要なのである。
もちろん直接聞けばよいのだが、実際に全ての細かい判断ポイントまで聞いている時間もないし、それらをいちいち聞いていたら自分の存在価値すらなくなってしまう。
なので、大なり小なり、このケースについては上司ならこう判断するだろう、この判断なら間違いとは言われないであろうという推測をしつつ行動する。そして重要なポイントでは、やはり上司に念のため確認をとる、ということになる。
上司目線からすると、何も言わずとも自分の思い通りに判断してくれる部下は使いやすい。逆にいつまで経ってもなんでもかんでも聞いてくる部下は、やはりその能力に疑問を持つであろう。
こうして整理してみると、上司の意思、あるいは、上司が設定した部門の方針に対して、自分の判断基準がシンクロさえしていれば、個々のメンバはいちいち悩んだり確認する時間は不要になることになる。
言い換えると、上司への”シンクロ率”が高い人間=上司から見て”気の利いた奴”と思われるのであろう。
シンクロ率とは、結局この組織としての行動原理をいかに自分の内部に作り上げるのか、ということである。
その上司の判断にしても、さらにその上の上司の判断を見据えて判断しているる。そうした階層を上位にさかのぼると、組織行動および組織判断基準の原理 というものを体得する能力、それがシンクロ率の本質なのではないかと思う。
それができなくなった場合、特にゼロベースで相手の意思を探る場合には、どうすればよいか。
一つの手段としては、上司の気持ちを推量するために、わざと荒れ球を投げて「それは違う」「ちょっとあっている」のような応答によって感触を探っていく行動をとることもある。 いわばブラックボックスに対して、外部からの入力によってその応答特性を推定する行為に似ている。
ただし目的は相手の意思決定の”範囲”を探ることなので、故意に少し変化球、時には明らかなポール球を投げる必要がある。そして、その返答の中から相手のストライクゾーンを探っていく。
投げる球の方向にしても一方向ではダメで、いわば的の中心(これがわからないのだけど)に対して、全方位に球を散らばせる必要がある。
これは政治家が世間の反応を確認するために実施する”観測気球(アドバルーン)を上げる” こととも類似した行為である。こうした観測気球によって逆に炎上につながる例があるように、いわば実弾を使ってリアルな反応を見極めることになるため、リスクも大きい行為なのだ。
このような行動は、上司が変わった際によく行われる。
前の上司の方針に対して、今の上司がどのように考えているかを探る意味で、わざとあえて外した質問をしたりする。
そして今の上司のストライクゾーンが把握できたら、それ以降は荒れ球を投げるのはやめなくてはならない。
そうしないと自分が「無能」と思われるからである。
だが、これができずに、永遠に荒れ球を投げることが癖になってしまう人もいる。
こういう人は、まず相手と話をする際に、まずありえないアイディアを提案し、ようやく狭めてくる。
「まるっきり違うよ」→「そうですよね、じゃあこれでは」→「ちょっと違うよ」→「そうですよね。じゃあ、これでは」→「うーんもう少しかな」→「そうですよね、じゃあこれでは」→「よし、それでいいんじゃない」という面倒くさい手順を毎回踏むことになる。
確かにこれはこれで当人にとっては、理に叶っているのである。いわば総当たり式で確実に正解にはたどり着く探索システムではある。無駄は多いが確実といえば確実である。
しかしこれを、生身の人間相手に毎度毎度やられると、最初のボールが確実に芯から外れていることに対して、ものすごくイライラしてくるのである。最初から正解を出す気がない態度をデフォルトにされるのは、さすがにきつい。お互い時間がかかってしかたない。 儀式じゃないんだから。
上司目線からすると、無駄が多いとしか言いようがない行動なのである。
これは部下が上司の意思を計測することができなくなった=シンクロできなくなった、そして、シンクロすることをあきらめてしまったことによって起こる現象であろう。
構図としては、毎回荒れ球しか投げないコントロールの悪いピッチャーとの対決になり、ビーンポールの連投を受けてバッターである上司は疲弊する。時にはデッドボール直撃すら受ける。当然荒れ球を投げるピッチャーだって多投によって疲弊するので、なんのことはない、共倒れである。
かようにシンクロ率というものはビジネスにとって重要なのである。