黒島伝治「渦巻ける烏の群 他三編」(岩波文庫)を読んだ。表題作「渦巻ける烏の群」は、作者じしんが参加した日本軍の「シベリア出兵」を題材とした、いわゆる”反戦文学”として名高い名作として知られている。
ここに納められた4編の小説は、当時の日本の貧困や軍事制度に対する民衆の悲劇をリアリティ溢れる筆致で描く。いわゆるプロレタリア文学に属するものであるが、こうした文学のもつ政治性とは異なる物語性を感じさせる。
その「階級」的に全くの対照的である志賀直哉のもつ資質と非常に近しいものを感じる。それは例えば志賀の「小僧の神様」や「清兵衛と瓢箪」のような物語性の高い部分と深く通じ合っているように感じるのである。
ただし、その問題意識の向きは、志賀直哉のもつ”芸術性”あるいは”理想主義的”なものと黒島のそれは異なり、あくまで貧しき人々の悲劇に寄り添っているようだ。
本人の体験にも基づくであろう「橇」や「渦巻ける烏の群」も、その三人称で語られる小説世界自体は明らかにフィクションでありながら、厳冬のシベリアの凶暴的な純白の風景、そこに存在する日本兵の異物的な存在感が説得力をもって描かれ、そして最終的な「民衆の悲劇的結末」が、作者の物語の力によって強くリアリティを与えられている。
貧しい農村の家族を舞台にした「二銭銅貨」では、貧困のなかで二銭すら出せないことで”コマの緒”が友人より短いものを与えられた子供に訪れる悲劇であり、これもフィクションとわかっていながらもその物語性によって悲劇性は強まる名作である。