谷川ニコ「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」12巻を読んだ。
2年生が終了し、3年生に突入である。
前回記事:【書評】もこっちのスクールカーストからの独立問題–『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』11巻
にも記載したように、主人公もこっちの実質的なリア充振り(本人は気づいていない)が、いっそう際立ち、他の登場人物を自分をその中心として惑星のように運動させる引力を作り出している。
「喪122:モテないし3年生になる」では、オタク趣味を周囲のリア充仲間に隠している根元さん(ネモ)の挑発に乗せられて、3年生のクラス替えで自己紹介で恒例のドンズべりをするもこっち。
しかし、3年生になったもこっちは、その折れそうな心を、
2年間
ただ人間強度を高め
幾千の恥と
修羅場をくぐり抜けて
得たメンタルをなめるな
とモノローグをかまし、耐えきる。
そして、それを見た根元さんは、自己紹介で皆に隠していたオタク属性である声優志望をカミングアウトする。
なんか微笑ましいエピソードなのだが、やはりここでも価値の中心はもこっち側にある。
これから3年生に向けて”ぼっち”とういうより、「孤高の人」のような風格を持ち始めてきている。
その意味で本巻は、これからの残り1年を今までのマイナスの回収モードに入ることができる状態を準備していると言えるであろう。
ただ読者としては、連載当初のような、価値の中心はあくまで別(いわゆるスクールカーストの上位層)にあり、そこから外れたアウトサイダーの単独行動による面白悲しさも捨てがたい。それが現実の”ぼっち”の状態に近く心情的に共感できるからである。
その一方で、現行路線のような、価値基準が実はオタク基準になっている(直截的に表現されない)世界で、価値の中心軸を保有している主人公とその周りの個性豊かな脇役群という一種の王道路線も読んでいてやはり安心する。
どちらの方向に行くのか。多分後者であろうと予想するが、今後を期待したい。