2009年の頃を思い出してみる。
今から11年前である。
2008年9月のリーマン・ショックは、あの頃の日本経済に大きな影響を及ぼした。特に日本のハイテク産業、いわゆる半導体産業は、このタイミングで大きな地殻変動(いわゆる事業の再構築、要するにハードリストラ)を経験したのである。
今、この時点でも、あのリーマン・ショックが我々の産業構造にとって一つの分岐点であったと痛感することがある。あの頃を境に、同僚が異動・退職など、自分の身近な生活圏すらも変化したことは紛れもない事実であった。
そんな中のお笑い状況とはどうだったのであろうか。
実は個人的にはあまり記憶がない。
いわゆるバブル崩壊後に社会人生活を開始した私の心の支えは、「ガキの使い」や「めちゃイケ」であった。あの頃のバラエティ・お笑いには確かに同時代感がある。
しかし、2009年となると、私のようなアラフィフ世代は、やはりキャリアも10年以上経過した状況だったのでめちゃくちゃ忙しく、あまりお笑いを観た記憶というか見る暇がなかった。
その頃の”最先端”が記憶から欠落しているのである。
翻って2020年の現時点で、先日記事(【お笑い芸人】ポンコツ風ロジカル芸人・”なかよしビクトリーズ”岡田の巨大な受容力にジワジワきている【岡田を追え‼︎】)にて、なかよしビクトリーズ・岡田に目が止まった。
そして少しずつ調べていくうちに、2009年にあったバラエティ番組にたどり着いた。
8年周期と呼ばれるフジテレビのバラエティの黄金パターン。「めちゃイケ」、「はねトビ」に続く「ふくらむスクラム‼︎」「1ばんスクラム‼︎」である。
「1ばんスクラム‼︎」では、AKB48の前田敦子もメンバーに加え、まさに王道バラエティの様相であった。
芸人メンバーは、かまいたち、ニッチェ、ヒカリゴケ、少年少女、しゃもじ、そして、メインキャストとしてオレンジサンセット(岡田、下村)がいた。この”オレンジサンセットの岡田”こそが、現在の”なかよしビクトリーズの岡ちゃん”なのである。
今回DVDでコントを見たが、普通に面白い。
ただ、気になる点は、メインキャストであるはずのオレンジサンセットが、完全に”お客さん”扱いなのである。
下手をすると、アイドル枠の前田敦子と同じような扱いなのである。
今回のDVDでセレクトされたはずのコントにもほとんど登場してこないかモブキャラで、まるで芸人とは異なる扱いをされているかのようなのだ。
そして面白いコントの主軸は、かまいたち、ニッチェ、しゃもじが握っている。
これは一体どういうことなのであろうか。
パッケージやオープニングを見る限り、メインはオレンジサンセットなのに。
当時のメンバー構成と年齢はこうなっている。
かまいたち 濱家(1983年生)当時26歳
かまいたち 山内(1981年生)当時28歳
少年少女 阿部(1982年生)当時27歳
少年少女 坂口(1980年生)当時29歳
しゃもじ たーにー(1984年生)当時25歳
しゃもじ しゅうごパーク(1985年生)当時24歳
ニッチェ 江上(1984年生)当時25歳
ニッチェ 近藤(1983年生)当時26歳
ヒカリゴケ 国沢(1984年生)当時25歳
ヒカリゴケ 片山(1980年生)当時29歳
というメンバー。
それに対してメインキャストのオレンジサンセットはどうだったかというと、
オレンジサンセット 下村(1990年生)19歳
オレンジサンセット 岡田(1990年生)19歳
という未成年でもあり、他のメンバーからの年齢の開きがめちゃくちゃある状況なのである。そしてアマチュア上がりという、完全に”叩き上げ”とは異なるキャリア。
これはなんとも番組運営上も、苦しい状況であろう。結果としてこうなったというべきか。だが、これはむしろ、本人たちを責めるべきではないと思われる。
その意味では、元々実力のあったかまいたちやニッチェは、時間はかかったが売れていった。
だが、一旦持ち上げられ、梯子を外されたようなオレンジサンセットの苦労や挫折、あるいは屈辱感は想像に余りある。一度こうなってからの復活というものは、イメージ的に非常に困難であることも事実であろう。
だが、今回の「岡田を追え‼︎」によって再ブレイクの兆しは確実に見えてきている。
私のような2009年を知らない世代、それどころではなかった世代もいるのだ。
奇跡のような軌跡(ダジャレ)をぜひ見てみたい。