老父とハゼ釣りに行った際の、帰りのことである。
「トイレに行ってくる」と言って出た老父を、車内で待っていた。少々遅めだったが、帰ってきた。しかし何故か元気がない。
「・・・まいった」と言っている。そして右手を見せる。良くわからない。
「俺に糸がついてるだろ」という。目をこらすと確かに釣り糸が出ている。テナガエビ仕掛けなのでハリスが細くて良くわからないのである。
そして苦悶の表情で「刺さって、取れないんだよ」と。良く見ると指に針が刺さっている。ハリスはそこから繋がっているのであった。
聞くと、ハゼ釣りの際に使ったテナガエビ仕掛けの予備ハリスを不用意にポケットにしまい、トイレの際にハンカチを出そうと手を入れた瞬間に刺さってしまったようなのだ。
その際にグイっと入れてしまった模様で、針の「カエシ」が肉に潜り込んでしまい、抜けなくなっているのである。
テナガエビ用の極細針でありながら、なかなかどうしてすごく、押しても引いてもびくともしないのである。
そして動かすたびに本人が激痛が走るらしく、脂汗をかいて唸っているのである。笑ってしまいそうだが、確かに恐ろしい悲劇である。
苦闘すること10分。埒が明かないと見たのか、老父が覚悟を決めた表情で「おい、自分でやったら痛みで力が緩むから、お前一気に抜いてくれよ」と言うのである。とはいえ、こちらも魚の口から針を抜くのではなく、肉親の肉を引きちぎるわけにもいかず、少々戸惑う。ただ、そこそこ覚悟がいる。
一応頑張ってみたが、やはり目の前で歯を食いしばっている親の顔を見ると非常になりきれない自分がいたのである。また、テナガエビ針も極小なので力が入りにくく、間違って針を折ってしまったらと躊躇する心理もあったのだ。
この場合の対処方法は釣り人として実は知っていた。
それは、”あえて逆方向に針を動かし、針の先端を外へ貫通させる。そして先端のカエシをペンチで潰す”というバイオレンスなものである。だが、これも実際やろうとすると難しい。
テナガエビサイズなので、今回はまだあまり深刻ではない(?)が、かつてオカッパリでルアーをやっていた際に、開始早々でメタルジグの針が手の甲に刺さった人を見た時は、それはかわいそうであった。
もはや戦闘不能で、ただただ唸り続けているのである。
そして同行の釣り人は同情するものの自分の釣りを優先させたいので、自己責任なのか刺さった当人のみ放置されている光景。この絶望感。結局戦線離脱して、病院へ行ったはずだ。
今回も同様で、ハリの大きさは相違するものの、痛みで身動き取れない状況なので、やはり大騒ぎである。病院に行くべきか検討を始め、まずは消毒用のマキロンを購入するため薬局へ移動。
そして消毒液で少し元気が出たのか、再度気合いとともに老父が針を弄ると、「取れた」のである。
だが、針が小さすぎて、全部摘出できたのかが確認できていない。最後は家で虫眼鏡で、摘出した針が原型をとどめていることを確認し、無事終了となった。
「ハゼの気持ちがわかったよ・・・」と言うのが老父の感想であった。