竹宮惠子「少年の名はジルベール」(小学館)を読んだ。今話題の本である。
2016年出版のこの本が、今現在話題になっているのには理由がある。本書は竹宮惠子の自伝的エッセイなのであるが、最近になって出版された萩尾望都「一度きりの大泉の話」によって話題となった。この2つの回想を、竹宮→萩尾の順で読んでみた。
竹宮惠子と萩尾望都がともに漫画家を目指して地方から上京してくる。そこで、ある一時期に練馬区大泉のオンボロ長屋で同居生活を行った。ここに当時の少女漫画家の卵たちが集ったという。
これを”大泉サロン”と呼ばれることがあり、女性版トキワ荘のようなイメージとともに、ある種の成功伝説のようになっている。この女性版トキワ荘の主役の一人は、この竹宮惠子であり、そしてもう一人は萩尾望都であった。
どちらも有名なマンガ家である。彼女たちは、新しいマンガ形式を模索するために、議論し悩んでいく。そこには熱気があった。
この”大泉サロン”は約2年で自然に解散してしまう。それぞれが別々の生活を見つけていく。
当時から、この解散の経緯には色々な噂があったようだ。具体的にいえば、竹宮恵子と萩尾望都の間に、何かしらの”衝突”があったらしいということが囁かれていたらしい。
このいわば、出会いと別れからなる青春生活を、本書で竹宮惠子は自分の目線で綴っている。そして、萩尾望都との別れについて、自分から「距離を置きたい」と切り出したと記述している(p.178)。そこには、灼熱の太陽に照らされ続ける焦りにも似た、萩尾望都の才能に対する「嫉妬」の感情があったとする。
当時はタブーであった「少年愛」をマンガによって描く、そのために固定観念に縛られた出版社の商業主義と戦うために竹宮は苦労する。まさに先駆者の苦しみである。ライフワークともいえる「風と木の詩」を掲載・出版させるための様々な戦略的苦闘も描かれるが、竹宮惠子にとって萩尾望都はそうした苦しみすらも、誰もが認める才能によって易々と乗り越えてしまうような”恐怖”を覚えているようだ。
竹宮惠子自身も一流のマンガ家であり、何もそこまで、と読者は思う。
私も大学生時代に読んで驚愕した名作「風と木の詩」や、社会人になって読んだSFコメディ「私を月まで連れてって」など、全く卑下する必要すらない作品群を生み出していると思うのだが、萩尾への当時の出版社の対応ー当時から描きたいものの掲載が確約された対応、やファンからの声の違い、さらに表現者・創作者としていちばん目の当たりにしたであろう萩尾のホンモノの「才能」に、本人も記載している通り「自家中毒」(p.177)になってしまったようなのである。
この本は一貫して竹宮惠子が愚直に悩む姿が描かれているものの、全体としては明るい懐古風のトーンとなっている。ラストには改めて萩尾望都らへの感謝も記載されている。
読後感は悪くない。振り返って様々な苦労をともにした”戦友”あるいは”同志”への”総括”メッセージとも取れる。
だが、人間関係というものは複雑であり、2021年に出版された萩尾望都の著書「一度きりの大泉の話」によって、再びこのイメージはひっくり返される。芥川の「藪の中」と同様、それぞれの視点によって見える現実が異なっているのである。
竹宮惠子にとっての「総括」を、萩尾望都は全面的に否定するのである。
萩尾望都「一度きりの大泉の話」の読後感については別記事で記載したいと思う。