このところ気分が落ち込んでいる。主な原因の一つは、ある遠いところで今も進行している、ある一つの事態であることは分かっている。
この事態は現在進行形であるが故に直接的には書くことができない。
しかしながら、自分の今の感情を整理する意味でも、少し書き始めておきたいと思う。
ディテールは敢えて事実とは異なるように改変したりボカしているが、事態の構図は事実である。
事の起こりは8年前のことである。
ある会社と、ある技術について、共同開発を開始した。もう少し詳しく書くと、その会社の製品を対象とした製造技術について、共同で検討をするプロジェクトを開始したのである。
1年程度の技術検討の結果、ある成果が出た。
我々が既に持つある特定技術を応用することで、その会社の製品設計品質が向上でき、結果コストダウンができることがわかったのである。
つまり、我々の持つ先行技術や知見を水平的に応用することになるので、実行スキームとしては、我々の保有技術をその会社へ移転させることになる。
その会社が、我々の技術を使うことにより儲けることができるようになる訳で、私自身は満足であった。
達成感もあった。
向こうの担当者には我々の技術を惜しむことなくオープンに提供した。
いくつかの技術的な専門書も個人的に貸与したりした。
それからしばらくしてのことである。
製造業のIT系webマガジンに、一つの記事が掲載されているのを偶然見つけたのである。
その記事ではその担当者が実名で、その技術について比較的大きな会議のスピーカーとして語っていた。
そして、その報告された技術とは、まさに共同で我々と共同で進めていた内容そのものであったのである。
一応本人なりに機密は考慮しているのか、我々の製品固有の情報については一切語っていない。
だが、その考慮の結果として我々を登場させることなく開発ストーリーを進めたことにより、登場人物は報告者自身だけになる。必然的な結果として、あたかも報告者ひとりでその技術が製品応用できることを発見し、課題解決したような形で語っていることになってしまっている。そして、あろうことか、解決手段として我々が実際に使ったものとは異なるある特定会社のITツールを利用したという展開になってしまっているのである。
いわば事実と異なることを、公の場で語っていたのだ。
目を疑った。
そもそも設計・製造技術とはノウハウも含め、企業の成長力の源泉であり、いくら学術的な内容であっても簡単にオープンにしてはいけないはずである。
もちろん、こちらに発表の事前打診もない(あったら当然止めていたが)。こちらも迂闊にも信頼関係がある(同じ資本関係のグループ会社のため)と考え、厳密な縛りのある機密保持契約を結んではいなかったのは、完全にこちらの落ち度であった。
リーガル的な意味で、契約上の機密保持違反には問えないとしても、なお残る問題もある。
それは大きく2つある。
①せっかくの技術的成果を無償で公開していること。わざわざ苦労して発見した製造ノウハウに属する内容を、敢えて早々に世の中に発表しなくていいじゃない。ライバル会社も見ることができる状況で、簡単にそれを公知化して、世の中に広めてしまうことについて。これは彼の所属する会社にとっての利益相反行為ではないのかと。
②事実と異なること、いわば「捏造」行為があること。自分が独力で実行したとする記事の表現は完全に事実と異なる。何故なら、それは彼に我々が教えたからである。さらに加えて、特定のITツールを手段として援用した事実も異なっている。今回の結果は、我々が保有していた別のツールによる解析結果である。だが、なぜ彼がそのツールを使ったと語る必要があったのか。その理由はただ一つ。その実際には使っていないが使ったとするツールを作っている企業が、彼がスピーカーとなった会議のメインスポンサーだからであろう。
正直どっと疲れが出たし、裏切られた、と思った。
しかし、私は静観した。
正直どうしていいかわからなかったと言ってもいい。
その技術応用について、第一発見者である「名誉」を奪われたことは、実はあまり気にしていない。
むしろ一番悲しかったのは、自分の実力でないことを、自分の実力であるように語る技術者が世の中にいる、そしてその記事がwebで一般公開される結果、関係者である我々の目に止まった際に、我々がどのような感情を持つかすら想像できない技術者が少なくともこの世の中には一人いる、という事実であった。
我々は甘かったのか。
性善説に立つべきではなかったのであろうか。
だが、仮に、彼がそれで技術者として名をあげたとしても私自身は何も感情が動かないであろう。
なぜなら、彼の実力はこちらが良く理解しているのである。そんな付け焼き刃のメッキは技術の世界ではすぐに剥がれることを知っている。
技術の世界は甘くないのだ。
そして、この発表を皮切りに、彼は複数のメディアで同様の報告をしだした。
専門家気取りである。
しかし、未だに彼とその会社からの正式な連絡はない。