このご時世、通信手段の進歩によりコミュニケーションにおけるレスポンス速度はかなり速くなった。
ただし手段の高速化とは別に、通信には人間関係という関係性があるので、こうした関係性によって通信手段が制限され、必然的に通信速度も制限されることがある。
10年くらい前のこと。私は兵隊の位で言えば伍長。下士官のペーペーであった。
たまたま当時ある調査を新しくやることになり、当時の組織のトップの前で毎週のように報告するような状況に追い込まれた。当時の組織のトップは、兵隊の位で言えば中将で、雲の上の人である。
小規模だが、その中将のミッションとして、ある検討をする必要に迫られ、たまたま誰かを専任でつけろ、と言われて”その時ちょうど暇だった”私がその役目になってしまった。
何が辛いかというと、中将クラスの人に報告する際には、通常の業務であれば、その資料の中身を、まず大尉クラスがチェックし、続いて大佐クラスがチェックし、さらに少将クラスがチェックした上で、報告に臨むのが常なのである(要するに大企業病なのであった)。
今回は、中将の個人的ミッションということで、直接業務を指揮されることになった。こちらとしては、いくらなんでも非常に緊張するし、”怖い”と評判の人であったので毎日胃が痛くなる思いだった。
その中将も、”よきにはからえ”タイプではなく、”自分で徹底的に理解する”タイプだったので、非常に指摘が細かい。キャリアにしても20年以上違うのであるから、毎日しばかれる日々であった。
なんだかんだで4年くらい、毎週のように報告し、指摘を受け、怒られ、というサイクルを回し続けてきた。その間、褒められたことは記憶にない。
だが、その中将は任期途中で病に倒れ、引退してしまった。私もその間色々あって少尉くらいには昇進できていた。
私がある意味で少し独り立ちできたのは、そのスパルタ中将によるシバきのおかげだと思っている。
しかし、突然病に倒れたので、別れの際に何も言葉を交わすこともできなかったのが心残りであった。
いくら毎週顔をつき合わせていると言っても立場は雲泥の差で、あまりに恐れ多いので、世間話などもしたこともない。だから、仮にそんな機会があったとしても、何も言えなかっただろうと思う。
そんな思いの中、ある機会があった。社内報の取材を受けたのである。
私がインタビューを受けた際に、あるフレーズを仕込むことにした。その中将が言ったことを一言一句そのままに、私のモットーとして社内報に掲載してもらった。勿論、中将のことなどはその記事で言及していないので、単なる私の意見のように自然に表現されており、私以外それに気づく人はいないのだが。
その社内報が掲載されて数ヶ月が経ち、ある忘年会でのことである。
中将の後に組織のトップとなった新中将から「この間◯◯さん(中将の本名)に会ったら、社内報をみて、”アイツ俺の言ったことをそのまま語ってやがる”って笑ってたぞ」と言われた。
その瞬間、私は非常に嬉しかった。まわりくどくはあったが、メッセージが届いた、と思った。まさにそのか細い通信の可能性に期待していたのである。
細くゆっくりとしたメッセージが、時間をかけて相手に届き、また時間をかけつつ呼応してもらったことで、これまでの長いモヤモヤが晴れた気がしたのである。