NHKスペシャル『メルトダウン』取材班による『福島第一原発1号機冷却「失敗の本質」』(講談社現代新書)を読んだ。
福島第一原発の1号機が、2号機、3号機と比較して、損壊の規模の大きいことは既に解析や観測により明らかになりつつある。
原発は放射線を出す核燃料を中心とする多重の放射能閉じ込め機能を有しているが、1号機は特にこの機能の損壊度合いが大きい。
具体的には、核燃料がほぼ全量溶解(メルトダウン)し、鋼鉄製の圧力容器を溶かし落下(メルトスルー)し、格納容器の床を抜け、更には基礎であるコンクリートを約2m深さまで溶かしているという実態がある。
核燃料が内部の構造体をその崩壊熱で溶かし、更にはコンクリートまでも溶かしたことによりMCCI(溶融炉心コンクリート相互作用)が発生し、279トンという大量に増大した放射性デブリ(ゴミ)が1号機の内部にあると推定されている。
そして、このことが廃炉に向けての作業を阻害し、8兆円とも言われるコストを増大させている要因となっている。
その結果として、廃炉のプログラムとしてチェルノブイリ原発のような「石棺」と呼ばれる”取り出さず、その場で閉じ込める”ような悲劇的とも言えるアイディアが出され、地元などの反対により撤回されるような騒動にも発展している(前掲書p.35)。
ただし、これは政治的な側面であって、現実的にデブリに直面する技術者の構想からは無視できない選択肢になっているのであろうと推察する(その政治的な側面自身の重要性や、そもそも石棺方式が技術的に成立するのかという議論は別にして)。
つまり、279トンという大規模な物量(元々のウラン核燃料は69トンに過ぎなかった)、そしてコンクリートと相互作用し化学的な特性が複雑かつ多様になってしまった放射性ゴミ(デブリ)という除去対象に対して、その技術的解決手段があまりにも少ないという現時点の状況が背景にあると思われる。
何故、1号機の損壊状況はこれほどまでに大きくなってしまったのだろうか。
そうした疑問を受けて、本書では2016年9月に日本原子力学会において発表されたひとつの解析結果を示す。それは
「3月23日まで1号機の原子炉に対して冷却に寄与する注水は、ほぼゼロだった」(前掲書p.162)
という内容である。
衝撃的な事実で、TV会議であれほど冷却に拘っていた努力の裏で、原子炉は非情にもいわゆる”空焚き状態”という最悪の状態を続けていたというのである。
これが1号機の損壊状況が大きくなった原因である。
ではなぜ1号機においてこのような実態が発生したのか。
良く知られているように吉田所長(当時)は、官邸の意を忖度した武黒フェロー(当時)からの「海水注入中止命令」に対し、会議ではこれを了解する姿勢を見せ、現場ではこれを強行したという”英断”があったはずである。現場では、確かに原子炉の冷却を第一優先として、あらゆる手段を考慮し実行していたはずなのである。
その理由の分析が、本書のメインテーマであり、技術的、組織的側面から整理されている。
技術的ポイントは2点あった。
- 生き残っていたはずの冷却装置”イソコン(非常用復水器)”が停止している認識が共有されていなかったことにより、イソコンの初動が遅れたこと。
津波で全交流電源が喪失し、イソコンの弁がフェイルセーフ設計によりクローズし、その後、現場で再起動するために検討していた約3時間の停止の間に、核燃料は既にメルトダウンを始め、事態は決定してしまった。 - 消防車による注水ラインにはバイパスフローがあり、投入した水のほとんどが原子炉には届かず、別のラインから漏れてしまっていた。これは3月23日まで続いた。この事実に気づくことが遅れたこと。
これは本書に先立つ『福島第一原発事故7つの謎』の第5章「消防車が送り込んだ400トンの水はどこに消えたのか?」に詳しいが、本書では更に分析を進め、1号機では他号機よりバイパス経路が多かったことを明らかにしている
技術的側面に加え、組織的には吉田所長(当時)と本店、吉田所長(当時)と現場(中央制御室)との間の情報の壁があったことが指摘されている。これは私も以下の記事で、2重のフロントラインシンドロームに陥っていたのではないかと考察した。
それに加え本書での指摘として、以下がある。
隣接した複数の原子炉が連続してメルトダウンして事態が加速度的に悪化していく「複数号機同時事故」。これまで世界で起きたスリーマイルアイランド原発やチェルノブイリ原発とは全く異なる福島第一原発事故の特殊性である(p.222)
引用終わり
こうした連鎖的な災害に対するマネジメントはまだ構築されていないが、現状の状況にしても、すでに時間軸が通常の技術的な側面とは様相を異にしている。
この先数十年オーダーで設備が老朽化していった際に何が起こるか?
再び連鎖的な状況に至る可能性は存在する。
そのために今回の教訓は、その重要な検討材料として正確に理解するべきであろうし、完全な情報公開が必要であると思う。
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