【書評】清水きん「夫 山本周五郎」へそ曲りの山本周五郎を支えた奥さんの回想による、もうひとつの”山本作品”

 清水きん「夫 山本周五郎」(福武文庫)を読んだ。

 山本周五郎も好きな作家で、新潮文庫で随分読んでいる。大学時代、理論物理のゼミ発表のため徹夜をして準備している最中に、思わず手に取った「さぶ」(新潮文庫)を一気読みして気づけば朝、まるで勉強ができなかった悲しい思い出もある。とにかく何か切迫した状況で、思わず手に取り、やめられず一気読み、そして後悔というシチュエーションが似合う作家というような気もする。

 好きな作品を今ざっとあげると「日本婦道記」「さぶ」「赤ひげ診療譚」「青べか物語」「季節のない街」「樅ノ木は残った」「虚空遍歴 」などが思いつく。ちなみに新潮社版の全集も一応持っているのである。

本棚にある新潮社版全集。

 特に印象深いのは、やはり「日本婦道記」であり、戦前の作品でもあり封建的といえばそれまでではあるが、それ以上に人間の愛情のようなものが通底しており、非常に感動する。心が震える。先日講談社文庫から「完全版 日本婦道記」が出版され、さらに多くの作品群があったが、やはり新潮版のセレクトされたものが良かった。

 私の老父が仕事(旋盤工)をやめた後、何故か読書にハマり、私の実家にある私の本棚にあったこの新潮文庫の「日本婦道記」にえらく感動したらしく、自分の子供に文庫本1冊ずつ新品を購入して、何故かわざわざジップロックに入れて送ってきた。まあ、なんとなくは、その思いは理解できるのだが、これって元々私の本なので既に持っているし読んでるし・・・という感じで少々混乱した。まぁ、それほどまでに感動させる作品なのだという言い方もできる。

 山本周五郎はこの作品による昭和11年の直木賞も辞退しており、”へそ曲り”な性格で有名であった。この本は、その山本を支えた奥さんの語りによる山本の一面であり、語られる山本の生活自体が、一つの作品のような感覚になる。

 酒や食事、薬など自分のこだわりが強く、他人にもその趣味を押し付ける、編集者など人間関係への”わがまま”、家庭を省みない姿勢など、奥さんも非常に苦労しているが、本人のポジティブさ(とはいえ、もう結婚はしたくないとも言っているが)により、山本も随分助けられたようだ。

 山本が63歳で死ぬ前々日に、自分の死を予期したように奥さんに感謝を述べるシーンがある。

 「かあさん、二時間ばかり起きて、話を聞いてくれ」と申します。

 (略)

 「自分はほんとうにしあわせだった、かあさんのおかげで、思うように仕事もできた。編集者にも恵まれたし、食べたいものも食べたし、飲みたいものも飲んだし、ぼくほどしあわせなものはない」

 「いや、かあさんが一人になってしまうのは気の毒だが、でも、印税だけでも食べてゆかれるようにはしておいたし、ぼくの作品は、死んだあとのほうが売れるんじゃないかという気がするんだ。新潮社にたのんで、印税が月給のような形で出るように、相談しておいたよ」

 「ここには、べつに証人がいるわけじゃないが、証人はいなくても、ぼくの気持ちはそうなんだから、かあさんの好きなようにしなさい」

清水きん「夫 山本周五郎」(福武文庫)p.213-214

 まるでこれ自体が、山本作品のような味わいがあるやり取りである。

 本書には山本の生活の側面が描かれる。食事の嗜好や酒などのエピソードもある。文士らしくイメージ通り、お酒は良く飲んでいたようだ。

 日本酒、カストリ焼酎、合成酒(健康に良いという噂を聞いて)、赤ワインなどを好んで飲んでいる。そして戦後はウィスキーを愛好した。サントリーの白ラベル、角、そしてオールドなどに変わり、水割で飲んでいたものが、晩年は食事が取れなくなってもウィスキーは生のまま、小さく切ったチーズだけで飲み続けていたようだ。

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