【書評】土門周平ほか「本土決戦 幻の防衛作戦と米軍侵攻計画」–最終防衛としての総力戦による水際作戦

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 土門周平ほか「本土決戦 幻の防衛作戦と米軍侵攻計画」(光人社NF文庫)を読んだ。

 昭和20年4月に沖縄に上陸を許し、太平洋戦争の敗戦が濃厚になってきた段階に、米軍が本州、九州に直接上陸することを想定した防衛作戦「決号作戦」を中心に描いたものである。

 資源のない日本で食料、鉄鉱石、燃料などの補給線は絶たれ、またこれまでの戦闘の経過により戦力も喪失した状態の中で、最後の後退戦とも言える作戦である。

 その作戦自体も、九州および関東に上陸すると想定(これは米軍の実際の計画と一致していた)し、特攻兵器を用い水際で上陸を防ぐことを主眼としたものであった(それにより背後で動いていた終戦工作を少しでも有利にするという意図もあった)。

 上記の戦力としての差異だけでなく、日本列島自体が、長大な海岸線(防衛正面として5,000kmに及ぶ)も持っており、兵力の分散を招き防衛側に不利であることも困難な要素があった。つまり攻撃側は戦力を一点に集中しやすく、防御側は可能性のある場所に兵力を分散せざるを得ない、という非対称性が強い局面であった。

 日米ともに1945年秋と想定していたこの作戦は、ソ連参戦や原爆投下などによる8月15日のポツダム宣言受諾によって実行されることはなかった。

 総力戦であり「勝つ」ことしか戦争終了条件がなかった当時の日本にとって、この作戦は最後の手段であったことは難くない。

 仮に関東に米軍の上陸を許した場合、国家としての存続が危うくなる。それは内陸での戦闘になった沖縄戦のような非戦闘員を巻き込んだ混乱が生まれることでもあり、精神的支柱であった国体護持に必須の「神器」が奪われるあるいは失う可能性も秘めていた(昭和天皇も木戸内大臣との会話や「昭和天皇独白録」で、神器を守ることを気にかけており、「講和」の判断根拠の一つになっていた)。

 本土決戦が行われていた際の仮想(if)としては、小松左京のデビュー作「地には平和を」で描かれたように、焦土戦、ゲリラ戦になっていたであろう。その場合の未来はどうなっていたのであろうか、ということを考えてしまう。

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 また、新型コロナ感染拡大に伴って、我々が今実感している”息苦しさ”、物流の停滞や長大な防衛線を水際で食い止めることの困難さなどは、見えない敵であるという違いはあれど、局面としては相似しているような気がする。

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