平井和正「狼よ、故郷を見よ」(ハヤカワ文庫)を読んだ。表紙や挿画は、生頼範義であり、なかなかの雰囲気である。
本書には「地底の狼男」および「狼よ、故郷を見よ」の中編2編が収められ、いわゆるアダルト・ウルフガイ、30歳台のルポライター”犬神明”の冒険が描かれた別巻の第2作目にあたる。
表題作「狼よ、故郷を見よ」がやはり面白い。毎回CIAなどの追手に追われ、過酷なピンチの状況に追い込まれる主人公、狼男である犬神明が、その母の故郷である紀州の隠れ里に追い込まれる場面から始まる。
その隠れ里には自らの一族は不在であり、犬神明は、追手である密猟マタギとの死闘を演じる。そしてその窮地を助ける女性が、彼の伴侶でありつつ、それ以上の愛情、いわば超人的な「愛」を注ぐ。
超自然的な何かに誓願をかけ、その見返りとして得られた超人的な力によって彼を助ける。そしてその誓願を達成する見返りとして自らの命を交換するという、自己犠牲が描かれる。
これはまさしく伴侶というより、東京大空襲のなか、彼を守った血も分けた「母」の姿と重なるのである。そのことは明示的でないのだが、はっきりと浮かび上がってくる。
狼男自体はアウトサイダーであり、主人公は同時にその一族からも追放された二重のアウトサイダーであり、寄る辺ない存在である。
そうした孤立した宿命が前提された上で、自身は不在のままなお彼を守護する「母」の姿は、これもまた超自然的な壮大さのイメージとともに読み手に感動を呼び起こすのである。