【書評】山田正紀「チョウたちの時間」–文学的・哲学的・科学的に重厚なテーマ《時間》を語りつくす、SFの力強さを感じる傑作!

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  山田正紀「チョウたちの時間」を読んだ。 初出は1979年。これは角川文庫の1980年の初版。装頓は横尾和則である。

 山田正紀のSFの真骨頂であり、「時間」という重厚なテーマに対して、”表現できないものを表現する”というSF的問題意識を駆使して、これを真正面から捉えたものとなっている。

 人類がより高度な知性として成長・進化するために、「時間」意識を拡張する勢力とそれを妨害する勢力の戦いを描く。

 我々の歴史が”可能性としての未来”に対して進歩していくことができるのか、どこかの地点までで限界に到達し衰退するしかないのか、とした小松左京が有していた人類の歴史に対する問題意識を正統に継承している。

 また、1941年のニールス・ボーアとヴェルナー・ハイゼンベルグの会談 (ドイツの原爆開発をめぐって、両者の記憶が食い違っている)もある種の重要なファクターとして言及されており、 これは1998年に発表されたマイケル・プレインの戯曲「コペンハーゲン」の主題でもあり、 この問題意識を先取りしているともいえる。

 SF的イメージも多く使用されており、時間を空間的にしか把握できない人類に対して、 時間に対し別の形式で把握をしているであろう「チョウ」を対比させ、人類の進化するイメージとし て与えている。

  一方、人類の知性の進化、さらには時間のより高度な把握を妨げる役割を与えられた「 敵」には コウモリのようなイメージが与えられ、さらには「ファウスト」のメフィストフェレスそのものとしても言及され、ラストに至る直前の対決シーンでは天使と悪魔による最終戦争、黙示録的な荘厳なイメージを提示している。

 こうした「時間」に対する人間の把握、そして、人類の進化、歴史的問題意識(可能性としての未来)というSFの王道ともいえるテーマである。山田正紀の凄いところは、更にもう一段深みを持たせるべく「知識欲」「知性の目的」を重要キーワードとして記述する。

 これは古典としては前述の「ファウスト」、同時代的には諸星大二郎「孔子暗黒伝」で示された「知識への絶え間なき欲望、饕餮(とうてつ)」としてもテーマ化されている普遍的な文学的課題であるともいえる。

 まだまだそれだけではない。

 ブラックホール生命体、反物質宇宙の生命体など、想像力の限界に迫るようなアイディアがこれでもか、と詰め込まれ、ラストには、もはや読者の想像力と知性自体が試されるかのような「難解な」それでいて荘厳な美しいクライマックスに至 る。

 こうした、文学的・哲学的・科学的に重厚なテーマを語りつくす、 SFの力強さを感じる非常に素晴らしい作品である。

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