【書評】宮島未奈「成瀬は天下を取りにいく」ー滋賀県を舞台にしたクールな青春小説


24年1月に続編が出たばかりの、宮島未奈「成瀬は天下を取りにいく」を読んだ。ちょうど滋賀県への出張が立て込んでいた23年夏頃に、琵琶湖線の車内で読了したのを思い出す。

ミシガンクルーズ、平和堂など最近滋賀県に足を踏み入れた私でも理解できるローカルな内容が多く、主人公成瀬あかりのクールなキャラ造形と合わせ、楽しい読書体験となった。

残念ながら本書の導入で使われているエピソードである西武大津店の記憶は私にはない。まだ数年くらいしか滋賀県、特に大津〜守山の付近をうろちょろした上での浅い感想だが、このあたりは山も少なくほぼフラットな平地で移動は容易、長浜や米原が大雪になってもこの付近は大して降らないという気候にも恵まれている。また文化的には京都大阪の文化圏が近く、情報格差もない。メロンや米など地元の作物も豊富に採れる。琵琶湖もあるので何があっても水には困らない(これはまあ、アレだけど)。

なので、この付近は住民にとって、ものすごく心理的安全性の高い土地なのだと感じている(個人の感想です)。

その結果として、あまりハングリー精神みたいなものはなく、近江商人の土地柄といいつつもそれほど「がめつく」もなく(三方よしでいうとあまり自分=売り手よしを考えてない)、良い意味ではマイペースな人が多いような気がしている(個人の感想です)。

そんな心理的安全性の高い土地で、更にマイペース(そして優秀)な高校生・成瀬を軸に進む連作である。

そして先ほどハングリー精神が希薄と示したが、成瀬自身はその次元とは異なる意味での「向上心」があるように描かれる。他者や外部環境の決めた目標ではなく、自分の中にある「理想」に向かって真っ直ぐに進むという、素直な向上心が描かれるのである。そこで周囲は時に巻き込まれたり、振り回されて困惑したりするのが物語としての面白さであるが、それでも成瀬には一本のぶれない軸があるため、この青春小説には爽やかさが常に横溢しており、心地よい物語空間になっている。

大津にあるOh!Meテラス(これもなかなかの駄洒落だが)内のツタヤのPOP。ここのブックカフェもなかなか良い空間である。おまけに平日はかなり人が少なくて「大丈夫かな?」と思うくらい快適なフードコートもある。

大津付近の琵琶湖湖畔を散歩してみた(23年夏)。

作中にもあったミシガンクルーズ船である。まだ乗ったことはない。

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