プレゼン資料の刈り込みとせめぎ合い、そして高橋メソッドの誘惑

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私が社会人になった頃、まだプレゼンではOHPに手書きでやっていたのが主流だった。

それが徐々に、OHP+ワープロ、OHP+パワーポイントなどの専用ツールになり、現在のプロジェクタ+パワーポイントとなっている。

私はパワーポイントを代表するプレゼンソフトには功罪があると思っている。

特にプレゼンソフトを使う際の動機として、あるプロジェクトの成果に対して

①プレゼンというビジュアルで観衆に直感的に理解させる側面

②最終成果物として内容を読者に正確に読み込ませるという側面

この二つの側面を同時に持たせようとしたことに大きな問題があると思っている。

特にプレゼンソフトの効率的利用として、この二つを同時に持たせるような資料作りを推奨するような(要するに二度手間を省く)言い方もされたことがある。

これは大きな問題で、上記の二つは全く相違する。

その結果として、①方向に振った場合には、②を作るために大きな手間をかけるか、②の正確さを犠牲にするし、②方向に振った場合には、はっきり言ってわかりにくいプレゼンを聞かされることになる。

特に②はきつく、コンサル系に良くありがちなのだがとにかく活字を入れようとする。コンサル系は変に美映えのするフォーマットは沢山持っているので、それを基本的に流用しようとするので、その枠の中にがっつり活字が入ることがある。中身がアレなので枚数で稼ぐ、というようなケースが加わったプロジェクトの資料なんかはっきり言ってきつい。それならいっそ成果物はワープロソフトを使って文書で作成してくれた方が、まだ論理を追えるのに、と思うこともある。

また、技術系のプレゼンは基本的に自分の領域を、あの苦労もこの実験も何でもかんでも喋りたくて仕方ないので、枝葉末節を付け加えたくなる。注記な説明や但し書きなどを大量に加えた結果、これまた小さい活字の多い論理が追えないプレゼン資料になる。

他人のプレゼン資料をチェックすることが結構ある。どうするかというと、結局、著者が言いたい基本的な論理構造を残して、それ以外のノイズを「消す」作業が大半だ。要するにダイナミックレンジを上げる作業である。

短時間のプレゼンなんて、聞く側からしてみたら、全部理解できるわけはない。極端な話「できたのか」「できなかったのか」だけ聞きたいのだ。つまり、相手の短期記憶に残す勝負なのだから、せいぜい「できたけど課題がある、それはコレコレ」くらいだろう。

作る側の気持ちも良くわかる。これが時間がたっぷりある読者対象だったらね、というのもある。ただ、プレゼンの場合には、繰り返しになるが、聞き手の感想としては単純に「わかった」「わからない」なので、「わからない」イコール成果の価値も下がってしまうことになる。

そういう意味で、盆栽を刈り込むように、「ここまでは省略してもいいかな、どうかな」とギリギリを追求しながら、他人のプレゼン資料を刈り込む作業をしているが、10年くらい前に「高橋メソッド」というものを知った。

高橋メソッド(wikipediaのリンク)は、②の方向性を真逆にしたもので、

・文字だけ

・シンプルに

・とにかく活字をでかくする

というもの。

例えば、上記で2枚を使う。

正直ギャグなのかどうかわからない(未だにわからない)が、私は上記のようなことを考えていたので、それを知った時には、心にグッときた。こうきたか、と。

プレゼン資料を刈り込む際に、その対極からいくようなもので、盆栽で行ったら枝しか残っていない状態だ。こちらが五分刈りとスポーツ刈りで、どのあたりで妥協するかせめぎあっているのに、いきなり安全カミソリでスキンヘッドにするようなものだ

さすがに怖いのでここ一番ではやらないが、小規模の集まりで時間もない時などは、2,3回トライしたことはある。もともと図やグラフがないことを前提としたプレゼンだったので、全く違和感がなかった。ただ、「わかりやすかった」とは言われていない。

でも、話しやすいといえば話しやすいし、資料作成も始めから丸坊主前提なので、結構大胆に作れるのでプレゼン者の時間的負担は少ないと思う。

人に薦められるかと言われると微妙だが。

参考リンク:

困ったときのプレゼンテーションにオススメ!! 高橋メソッド

 

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