科学論文を眺めるのが好きで、CiNiiやJ-STAGEなどの論文プラットフォームでデジタル化された論文を色々読み漁っている。
科学というのはやはり本質的に面白いものだ。そんな中で、日常の現象と科学が結びついた論文を見ると、結構うれしくなる。
今回紹介するのは、東京大学の生産技術研究所の論文集『生産研究』に掲載されていた、お肌のシワの発生メカニズムを力学的モデルで解析した研究である。
(写真と論文は関係ありません)
参照する論文
(1)桑水流理,ジャリヤポーン サトウン,吉川暢宏 (2005).「肌のシワ発生メカニズムに関する基礎的力学的考察 」『生産研究』 57(5),p.93-96
本論文では、肌のシワの発生メカニズムを、材料力学の座屈現象として解析モデルをつくり、その結果を検証している。
座屈現象とは、物体に荷重をしだいにかけていった際に、ある瞬間に突然大きな変形になる不安定現象である。例えば、灯油缶の中を真空ポンプで引くと、突然グシャっと潰れる現象は、圧力による座屈だ。
普通は、荷重に比例して連続的に形が変わるが、座屈ではある閾値を超えると突然形状が変化するところに特徴がある。
構造物の建築でも、重いものを乗せる柱などでは、座屈が発生しないような設計指針がある。
この論文では、人間のお肌のシワの発生をこの座屈現象としてモデル化したものだ。
少し文献から引用する。
力学的観点から見れば、筋肉の収縮などによりシワを生じるのは、いわゆる座屈現象である。そして、シワが残留するのは塑性変形といえる。
—引用終わり
塑性変形とは材料力学用語で、変形には、加えた力を取り除くと元の形状に戻る変形を弾性変形といい、戻らない変形を塑性変形という。お肌のシワが戻らないのは、まさしく塑性変形なのだ。
論文では、皮膚構造を力学モデルとし、座屈方程式を導き、そのモード解析を行っている。そして、更に踏み込んでその結果から「老化の影響」について考察している。
その結果をまとめてみた。なお、私の理解でまとめているので、不正確な記述など誤りなどがあるかもしれないので、興味がある方は原論文にあたってください。
(1)紫外線などにより、真皮のエラスチン成分が増加する。それにより真皮層が老化に伴い厚くなる。真皮層の厚さが厚くなると、座屈の固有モードは大きくなる。つまり、老化でシワが大きくなる。
(2)老化により皮膚の角化機能が低下し、角質層の置き替わり周期が長くなると角質層は乾燥しやすくなる。角質層が乾燥すると、柔軟性がなくなり、これは力学的に言えばヤング率が高くなる。ヤング率が高くなると、座屈固有モードは大きくなるので、やはり、老化でシワが大きくなる。
(3)老化により真皮上部の乳頭層の水分保持機能が低下すると、真皮乳頭が扁平化し、表皮と真皮の界面が平たくなる。この場合も表皮層のヤング率が高くなるので、しつこいが老化でシワが大きくなる。
これでもか、と老化でシワが大きくなるシナリオが描かれた。では、シワを無くすには、どうすれば良いのか?この論文では言及されていないが、著者らの結論を逆に辿って解釈することにより、推定はできそうだ。
それは、紫外線を避け、皮膚の柔軟性を確保するために、保湿して水分補給をする。
…経験的に当たり前と言えば当たり前のことだが、経験に根拠を与えるのも科学の役割であって、こうしたモデルの高度化の先に、まだ我々の知らない知見が得られることを期待したい。
本記事で、言及した論文:
桑水流理,ジャリヤポーン サトウン,吉川暢宏 (2005).肌のシワ発生メカニズムに関する基礎的力学的考察 『生産研究』 57(5),p.93-96
生産技術研究所のwebサイトから、J-STAGE経由で検索することにより誰でも閲覧可能です。