【書評】小松左京「結晶星団」(角川文庫版)小松左京の才能の幅広さに改めて驚く小説群とハードSFの傑作!

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 小松左京「結晶星団」(角川文庫)を読んだ。 先日実家に帰った際に、昔の自分の本棚から再発掘したものである。

 当時は、角川文庫で多くの小松作品が読めた。本屋で上記の緑の背表紙がずらっと並んでいたのである。ちなみにこの文庫本の値段は380円。1980年代だからね。

 ちょっと思い出すだけでも、「エスパイ」「日本アパッチ族」「果てしなき流れの果に」「明日泥棒」「こちらニッポン…」「復活の日」など、傑作揃いで、中学生から高校生のココロをときめかしたのである。幸せな時代であった。

 この1980年出版の角川文庫版「結晶星団」には、4編の作品が収められている。 そしてこれがまた、ものすごい広いスペクトルというか振れ幅を持った作品群で、今回読んであらためて驚嘆した。

「HAPPY BIRTHDAY TO …」は、冒頭から純文学を思わせる重厚な文体から始まる。しかし徐々に視点が変わってゆき、最終的には誰が正しくて、誰が正しくないのか、誰が狂っていて、誰がそうでないのかが全くわからなくなる状態に読者が追い込まれる。

 我々の日常が持つ堅牢さ、確かさに、一度亀裂が入ると、日常の風景は崩れ、実際に頼るべきよすがとなるものの不確実さに直面する。

「失われた結末」は、ジュブナイル設定で良くある、突然心と肉体が入れ替わる話である。戦時中の家族の風景から、次第にSF的な要素が入り、最後は若干の楽屋落ちになる。しかし、”ある日突然、家に帰ると、母親が自分を知らなくなっている恐怖”という子供特有の琴線に触れる要素があり、読ませる。

「タイムジャック」は、小松の「日本沈没」に対してパロディ「日本以外全部沈没」を書いた筒井康隆に対する更にアンサーとなっているスラップスティック短編で、小松自身や筒井、 星新一などを模した登場人物が出てくる倫理無視のドタバタ作品である。現代目線からすると、かなり危険な要素も含まれている。

 小説としては、筒井の作風をパロディ化しているのであるが、自分(小松)をモデルに、○○から ○○されるのを実況するというとんでもない(書けない)ギャグ(p.168)まである。クレイジーとしか言いようがない(褒め言葉)。

 そんな目まぐるしい3編の最後に、ハードSF「結晶星団」がある。

 宇宙の辺境に位置する恒星系を舞台に、「結晶星団」という水晶の結晶構造(六方晶)と同じ14個からなる恒星群の天文物理的な謎(精密に配置された恒星群の中心の空間に、生成・消滅を繰り返す巨大な質量がある)について、人類が様々な側面から仮説を組み立ててゆく。さらにその探索の前進基地である惑星に住む原住民が保有する宗教に対する民俗学的な謎もシンクロし、最終的には宇宙開關の謎にまで至るという壮大かつダイナミックなSFなのである。

 そして、そこに至るまでに動員される膨大な自然科学、社会科学的知識もあり、ラストには小松自身の文学的メインテーマも直接的に響きあう。

 小松左京のメインテーマとは、デビュー作の「地には平和を」でも既に描かれた「可能性選択としての歴史」そして「失われた可能性の持つ意味」 である。

 この小説では、真正面からこの問いに主人公に対時させ、ある種の謎を残したまま、物語は終わる。しかし、その終わりは新たな壮大な叙事詩の始まりすら予感させるのである。

 文庫にして130ページたらずの中編であるが、極めて高密度のハードSFの名作である。

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