ビジネスにおける野球の、レトリックとしての良好な親和性

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ビジネスにとって、野球は何故か特異的に会話の例えとして相性が良いようだ。

ビジネスシーンを野球に例えることは、普段の会話の中でよくある。

私自身、野球にはまるで興味がない。ほとんど試合も見ない。正直何が面白いのかさっぱり理解できない。けれど、例え話としては野球を良く使うような気がするし、他のスポーツを使った例えよりもしっくりくる。

日本人にとって、野球のルールが一般的だからであろうか。確かにラグビーとかアメリカンフットボールはそもそもルールがわからないので、例える気にもならない。

サッカーのルールは単純であり、当然知っているが、野球よりビジネスに例えにくい気がする。

野球のビジネスとの親和性とは、

・集団競技であること

・選手の役割が多様で区別されているので、分業的な競技であること

・イニングごとの攻守交代があり、攻守が明確であること

・作戦などの戦略性があること

・試合時間が決まっていないこと

・キャリアパスに一貫性がある(アマ→プロ選手→コーチ→監督→評論家)こと

であろうか。

さらに、監督、審判、観客、コーチ、オーナーなどのそれを支える存在も、ビジネスにおける経営者、監査役、カスタマー、マネージャー、大株主などに例えやすい。”名選手は名監督にあらず”なんて、ビジネス界そのものである。

相撲や格闘技も、戦闘があり勝ち負けがあるためビジネスと相性が良いが、やはり個人戦というのはどうしても例えに限界がある。

そういった意味で、野球というのは、ビジネスで例えやすいスポーツなのであろう。

なお、先日の私の状況は、こうである。

9回表19-1で完全な負け試合。コールドルールがないので試合をやめるにやめられず、完全な消化試合の様相である。私は敗戦処理投手として登板。観客席からは罵声の嵐。キャッチャーはかろうじて座って捕球の態勢をとっているが、後ろを振り返ると、守備陣は既にやる気をなくしてベンチへ戻っている。打たれたらどうする?ベンチの監督の指示は「お前がボールを取りに行け」である。こうなったら三振に取るしかないが、こちらの肩ももはやロートルなので、蝿が止まるヘロヘロボールしか投げられない。いしいひさいち描くところのヤクルト安田である。結果、1アウトも取れず、火だるま。マウンドには誰も来ない。ベンチを見ると皆帰宅したのか、誰もいない。とほほ。しかし試合は続くのである。

く、苦しい。わかっていただけたろうか。

明日はホームランだ!(空元気)

 

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