「バナナはおやつに入りますか?」の戦略的検討の恐るべき帰結

Pocket

お約束のやりとりで

「バナナはおやつに入りますか?」

というものがあって、私が子供の頃にもあり、今でもネット上で流布されている。

つまり遠足で持って行くおやつについて金額(例えば500円以内とか)が決まっており、そのためバナナはどちらに入るのか、先生に尋ねるというシチュエーションである。

このやりとりについて、最近違和感を覚えたので、整理する意味を込めて記載してみたい。

<前提条件は何か?>

まず共通前提として質問者は「自分はバナナを持って行きたい」という前提に立つ。

その上で、質問者の発声前の認識として

(1A)バナナがおやつの範疇に入り、おやつとしてのバナナを持って行くつもりである

(1B)バナナがおやつの範疇に入らないので、お弁当の範疇に入ると思っているので、
弁当としてバナナを持って行くつもりである

(1c)バナナがおやつの範疇にも、お弁当の範疇に入ることも、
わからないので、知った上で持って行きたい

このケースについて、以下で検討してみる(論理的には他の選択肢もあるだろうが、本書ではこの3ケースを検討する)。

<(1A)の場合:バナナはおやつに含まれる>

(1A)の場合には、バナナはおやつに含まれるという前提なのだから、

回答「Yes」の場合:

 当初から持って行きたかったので、あまり問題ない。ただし、その結果としてバナナ分だけおやつの買える範囲が縮小する。

  回答「No」の場合:

 自分の前提条件が崩れた結果、「バナナはおやつではないので、持っていけない」という期待値ゼロの結果をもたらす。ただし、追撃として前提条件を(1B)か(1c)に変更し、再度質問することはできる。ただし同じ質問をくりかえした場合、教師からしたら反抗か日本語の理解力がない生徒と見做される可能性もあるので、質問の表現を変える必要があるだろう。

 まとめると(1A)の場合には、期待値的には「質問をしない」方が良いことがわかる。どう転んでも、悪い結果しか出ない。つまり(1A)の場合には、黙ってバナナを持って行く行為が最も思考経済的に有効なのだ。

この問題は、グレーゾーンのアイテムを既存のカテゴリに位置付ける際に、それを積極的に確定させることの効用を最大化させる戦略について(例えば法律論など)の問題としても考えることができるであろう。

<(1B)の場合:バナナはおやつに含まれない>

(1B)の場合には、バナナはお弁当の範疇に入るという前提なのだから、

回答「Yes」の場合:

何も問題ない。そもそもその認識の場合、この質問をする意味がない。

回答「No」の場合:

何も問題ない。自分の推測(バナナ≠おやつ)が確定しただけの意味がある。

まとめると(1B)の場合には、質問自体によって期待値的に変化がない。黙って持っていけば良い。つまり、この前提を持っている人だと、ハナからこの質問をしない、そもそもこの質問自体を想起しないのではないか。

ただし、質問者と回答者だけでなく、それを聞いている他者を前提した場合(つまり、他者の前提が異なる場合)、様相は異なるであろう。つまり自分以外が(1A)認識だった場合には、意図して足を引っ張る効果がある。

<(1c)の場合:どちらかわからない>

(1c)の場合には、どちらかわかっていないのだから、

回答「Yes」の場合:

バナナ=おやつという新たな情報を得ることができた。
それに従って、おやつの予算内でバナナを購入になる。

回答「No」の場合:

バナナ≠おやつという新たな情報を得ることができた。
新たなルールに従って、弁当の範疇でバナナを持って行くので、おやつの予算は別に使える

まとめるとほぼ結果は(1A)と同じであるが、そもそもルールがわかっていなかったので、自分はルールが確認できたという意味で、当初の状態からの進化がある。

また同様に自分以外が(1A)認識だった場合には、足を引っ張る効果がある。

これは質問者がそれを意図していない場合と、意図していた場合に分けられる。

意図していない場合は、空気を読めない発言となる。また、同時に他者が戦略的に沈黙していることに思い至らない鈍感さもある。

意図している場合には、(1B)と同様、他者の戦略的沈黙を妨害するという意図がある。

<結論>

整理する。

(1A)質問しない方が良い。するだけ逆効果。

(1B)そもそも質問する意味がない。ただし他者が(1A)の場合、妨害工作になる。

(1C)バナナの定義を知るため質問する意味はあった。しかし、他者の沈黙についてその意味を理解している場合、妨害工作になり、理解していない場合のみ、意図しない妨害工作となる。

つまりこの発言は基本的には他者への「妨害工作」で、他者の戦略に対して無知である場合のみ「空気が読めない」発言となる。

しかし、(1A)(1B)までの推論により、自分以外の他者が沈黙している際に、質問者は、他者の認識状況をどう推定するであろうか。他者が(1A)でも(1B)でも沈黙する戦略をとった結果による沈黙という理解ではなく、自分以外の全てが(1C)であるという理解のみが、質問者にとって、意図しない発言となる。つまり、自分以外の他者を同質的に自分と同じ無知であるとみなしている場合、この発言が意図しなかったことになる。このような理由では、他者の利益を意図せず妨害してよいとする免罪理由とはならないと考えられる。

 

結局のところ、バナナ予算を外だしにして、他のおやつを予算一杯に買って、事前確認しないで持って行く、行動が一番効率的な行動になる。

そしてそれは囚人のジレンマと類似した構造となり、この確認をしない方が皆にとって最大の効果を得るのであるから、全員黙っていることが最も集団にとっての最大効果を得ることになる。

<導かれる言説>

個人の行動に、その意図に関わらず相手の足を引っ張ることで全体最適を貶める悪意がないと仮定するのであれば、「バナナはおやつに入りますか」という問い自体が存在しないことがわかる。

しかし実態として世の中には、「バナナはおやつに入りますか」という問いが存在する

故に、世の中には相手の足を引っ張ることで全体最適を貶める悪意というものが存在する。

・・・・恐ろしいものを証明してしまった。

Share